コロンブスの卵と境界画定訴訟(連続4回・第2回)弁護士白井劍

コロンブスの卵と境界画定訴訟 (連続4回・第2回) 弁護士 白井劍

〈Aさんのニンジン畑とBさんの畑は隣同士〉

依頼者Aさんは82歳の男性。いたって健康で毎日、孫とふたりで田畑にでかけて農作業に精を出していた。Aさんのニンジン畑は隣のBさんの畑と接している。Aさんのニンジン畑の反対側はCさんの畑と接している。その向こう側はDさんの畑。そのまた向こう側はEさんの畑である。

隣のBさんの畑は、明治年間に山林の一部が開墾により畑になったもので、開墾直後にBさんの祖父が地主から買い取った。それ以外の、A、C、D、Eの畑はいずれも、戦後の農地解放で当時の小作人が地主から自作農創設特別措置法にもとづいて取得した土地である。

Aさんのニンジン畑とBさんの畑の耕作界ははっきりしていて、数十年にわたって変化がない。境界をめぐってもめたことも、かつて一度もなかった。

 

〈境界査定の和解仲介の呼び出しをうけた〉

ある年の年明け早々、AさんのもとにP市農業委員会から書面が郵送された。呼び出し状だった。Bさんから境界査定の申し立てがあり、P市役所会議室で和解仲介委員会を開催するので出頭されたい、ついてはその前に現地立ち合いをおこなうので30分前に現地に来るようにと記載されていた。

Aさんは印鑑をもってニンジン畑にひとりで出かけた。すでに現地には12名の人々が集まっていた。うち1名はBさんだった。ほかの11名のうち3名は測量士とその補助者だった。残りの8名は農業委員会の関係者である。農業委員が5名いた(うち3名が和解仲介委員、1名が農業委員会会長、1名は農業委員)。そして、農業委員会の事務局長と主査、副主査がいた。農業委員会関係者が大勢いたものの、事実上、主査のF氏が切り回していた。

 

〈F主査が説明したBさんの言い分〉

Aさんは記憶もしっかりして頭の回転も悪くない。だから勘がいい。F主査が登記簿や公図を示しながら話すのを見てたちまち事態を理解した。登記簿ではBさんの畑は2800㎡であり、Aさんのニンジン畑は1190㎡とされている。公図上も、これに見合った大きさに描かれている。ところが、現地で測量すると、Aさんのニンジン畑は2021㎡もあるのに、Bさんの畑は1705㎡にしかならない。登記上はAさんの2倍以上もあるはずのBさんの畑が現況ではAさんのより小さくなってしまっている。しかも、現況の耕作界では地形の特徴が公図からかけ離れている。登記簿や公図と整合するように境界を修正すべきである。そのようにBさんが主張しているとのことだった。

バカバカしいとAさんは思った。登記簿と公図のほうが間違っているのだと言い放った。公図や登記簿と食い違う土地は世の中にいくらもある。そう主張した。

F主査は強硬だった。登記簿や公図とこれほどかけ離れているのはおかしいと決めつけた。農業委員会はBさんのほうに味方しているようだとAさんは感じた。

 

〈農業委員会が提示したX-Y線〉

Aさんが主張する境界は現況の耕作界である。耕作界は一目瞭然だった。ちょうど農閑期で作物はなかったが、土の色が全然違っていた。Aさんは長年土づくりにこだわってきた。Aさんの孫も有機栽培の生産者団体に所属して、土づくりを丁寧におこなっていた。おのずから土の色が違っている。

ところが、Bさんは、自分の主張する境界がどこなのかを現地で指し示すことができなかった。

結局、F主査が測量士たちと相談して、登記簿や公図に整合する線を割り出し、これをBさんの主張線とみなした。そのうえで、農業委員会関係者が集まって、そのBさん主張線と耕作界とのほぼ真ん中に直線を引いた。この直線は、その後ずっと「X-Y線」と呼ばれるようになる。

 

〈「いいでしょう」〉

現地立ち合いは30分の予定だったのに、Bさんの主張線を確認するのに手間取ってしまい、すでに2時間が経過していた。ひどい寒風にさらされ、農業委員会関係者は凍えて、疲れていた。市役所で和解仲介開催という当初の予定を変更して、この場で和解仲介を開き、X-Y線で話をまとめようと相談した。その相談は、BさんやAさんからも聞こえる距離で大きな声でおこなわれていた。

BさんにX-Y線が提示された。Bさんは了解した。AさんにもX-Y線が示された。Aさんは「いいでしょう」と言った。農業委員会会長がAさんとBさんに握手するよう促した。ふたりは握手した。

 

〈Aさんには聴こえなかった〉

じつは、Aさんはおそろしく耳が遠い。すこし離れるとほとんど聴き取れない。しかもこの日は風が強く吹いていた。市役所に行くのをとりやめてその場でX-Y線で話をまとめようと農業委員会関係者が相談していたのは、Aさんにはまったく聴こえなかった。Bさんは正確に聴き取っていた。

日ごろAさんは持ち前の勘のさえで難聴の不便をカバーしていた。でも、この日は思い込みが勘の働きの邪魔をした。和解仲介は市役所でおこなうのであり、現地では双方の主張線を確認するだけと思い込んでいた。だから、F主査からX-Y線を示されたときも、ただBさんの主張線が示されただけと早合点した。双方の主張線を確認したので役所で話し合いをする、そのことに「いいでしょう」と言ったつもりだった。握手を求められたときは変だと思ったものの、印鑑も押さないで話が決まるとは思ってもみなかった。

関係者はその場でちりぢりになった。AさんはP市役所の会議室に行き、ひとりで閉庁時刻まで待っていた。だれも来ない、おかしいと言いながら帰宅した。

翌朝、Aさんの孫が農業委員会に電話した。F主査が電話にでて、X-Y線を境界とする和解が成立したと述べた。Aさんの家族は大騒ぎになった。

〈 to be continued:つづきは「コロンブスの卵と境界画定訴訟(第3回)」(1週間後に掲載)をごらんください〉