コロンブスの卵と境界画定訴訟(連続4回・第4回)弁護士白井劍

コロンブスの卵と境界画定訴訟 (連続4回・第4回) 弁護士 白井劍

                                  

〈全面勝訴判決〉

裁判官も、登記と公図の間違いを指摘されて、事件記録の再検討を迫られ、心証を変えざるをえなくなったのだ。

その後まもなく裁判官が急きょ転任し、着任したあらたな裁判官が一度弁論期日を開いて弁論を更新したのち判決を書いた。当方の全面勝訴判決だった。

 

〈登記と公図の不一致について判決は〉

判決は、登記と公図が一致しなくなったことについて、つぎのとおり述べた。

「(山林の一部が開墾成功により分割された際)、1236番1の土地は「畑 6反7畝23歩」と、本件B土地は「山林 2反8畝7歩」と登記簿上表示されたが、公図上、別紙図面2(旧公図)の黄斜線部分が1236番1の土地と、赤斜線部分が本件B土地として表示されるべきであったのに、黄斜線部分が本件B土地、赤斜線部分が1236番1の土地として記載されてしまった。現在の公図は旧公図をそのまま引き写したものである」

 

〈正しい境界は耕作界と認められた〉

 そのうえで判決は、現況の耕作界が正しい境界であると認めた。

こう述べている。

「しかしながら、(1)旧公図は、山林の記載が抹消されているが、これは、開墾成功によるものと認められ、旧公図の成立時期は、明治年間と推測されるところ、このように明治年間に作成されたと推測される公図について、その形状は現地を判断する上で一応の基準となるとしても、これのみによって、境界を判定するのは相当ではないこと、(2)本件B土地は、本来、別紙図面2の赤斜線部分に位置すべきはずの土地であり、1236番1の土地が別紙図面2の本件B土地の位置にくるはずであったものであり、地積については、1236番1の土地の登記簿上の地積1983㎡が、本件B土地の登記簿上の地積となること、(3)これにより、登記簿上の地積と実測図面を比較すると、原告Bの主位的請求(Bさんの主張線)では、本件B土地は632㎡の縄延びが、本件A土地は80㎡の縄縮みが生ずること、(4)耕作界については、別紙図面2記載の黄斜線部分のうち、Cが小作地として耕作していた土地の範囲、Dが耕作していた範囲、Eが耕作していた範囲について農地解放の前後で変化はなく、原告Bとの間でも、右耕作界を巡り争いはなかったこと、(5)1236番からの分筆は、公図の枝番の位置を誤る等しており、開墾成功による地積6反7畝23歩が正確に測量された測量図に基づくものであるか疑問があること、(6)農地解放に当たり、耕作地について、現地で特定がなされ(自作農創設特別措置法の施行に伴う土地台帳の特例に関する省令(昭和23年大蔵・農林省令2号)第6条、第7条によると、地町村農地委員会の作成した分筆の前提となる測量図が存在していたと推測される。)、登記簿上の地積が記載されたものと認めることができるが、本件D土地は地積訂正で、分筆時の登記簿上の地積5畝(495㎡)から829㎡と大幅な増加があり、分筆時の測量が正確になされなかったものと認めることができ、6反7畝23歩から分筆された本件A土地等の土地の地積については、分筆時には、地積訂正がなされておらず、公図上、本件A土地の北側の道路に面している部分の距離は本件D土地の2・6倍であり、本件A土地と本件D土地の形状からすると、本件A土地は本件D土地と同様に相当の縄延びがあってもおかしくないこと(被告A主張の境界線(耕作界)によると、本件B土地は276㎡の縄縮みが、本件A土地は831㎡の縄延びがある。)ことを勘案すると、本件B土地と本件A土地の境界は、別紙図面1のハ点とニ点を結ぶ直線(耕作界)であると認めるのが相当である」。

 

〈和解は否定された〉
 さて、いよいよ最大の争点の「和解の成否」である。地裁判決は、和解仲介委員会による和解が成立したと認定したうえで、Aさんには難聴が原因の思い違いがあったとして、「錯誤無効」とした。

のちに、高裁判決は、そもそも「和解は成立していない」と判断した。「被控訴人Aが現地説明会においてX点とY点とを直線で結ぶ線をもって両土地の境界とすることを了解したものとは解しがたく、これを控訴人Bの主張線として了解したにとどまるものと認めるのが相当である。したがって、現地説明会の場において仲介委員会の仲介による和解が成立したとか、和解契約が成立したものと解することはできない」と判示している。

地裁も高裁もAさんが勝った。

 

〈人としての尊厳を回復するたたかい〉

裁判が始まって最初にわたしがお目にかかったとき、Aさんはひどく落ち込んでいた。一気に老け込んだようだとお孫さんは言った。「ああ、おれは用なしだ。歳をとって耳が遠くなって用なしになってしまった」。それが口癖になった。すっかり自信をなくしていた。

しかし、地裁で勝訴してからは、Aさんはみるみる元気を取り戻していった。

境界画定訴訟は土地を防衛する訴訟である。Aさんにとっては土地をまもるにとどまらず、人としての尊厳を回復する訴訟だったのだと思う。高裁判決が確定した後、Aさんの晴れ晴れとした笑顔を見ることができた。

 

〈思い込みから解き放った「発見」〉

石川がコーヒーを飲みながら登記の記載ミスに気づいたことがすべてを変えた。石川の発見がなければ最後まで思い込みから逃れられなかったに違いない。そうであれば、Aさんの晴れ晴れとした笑顔をみることはできなかった。石川の発見はまさにこの事件にとってコロンブスの大陸発見であった。

自分のなかに住みついた思い込みから逃れるのは容易なことではない。思い込みに縛られると、どんなに一生懸命に頑張ってもうまくいかなくなってしまう。ところが、違う方向から光が当たって、ああ、そういうことだったのかと気づくことがある。視点が変わって、思い込みから自由になった自分に出会うのである。

                                 (完)