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政策形成訴訟 弁護士 鈴木堯博

政策形成訴訟 弁護士 鈴木堯博

 

 当事務所の創設者であった故豊田誠弁護士(2023年3月逝去)は、公害訴訟を「政策形成訴訟」として発展させて、公害訴訟の歴史の上で重要な功績を遺した。

 

【「政策形成訴訟」とは、どのような訴訟か】

 政策形成訴訟とは、個別的な法的紛争を解決するという伝統的な訴訟の本質 (紛争解決機能) に加え,国の政策に対する是非を問い,新しい政策を提起し形成するという機能的特徴 (政策形成機能) を持つ訴訟である。

 

 「政策形成訴訟」に関する優れた著書である「政策形成訴訟における理論と実務」(立命館大学名誉教授吉村良一著:日本評論社発行)は、政策形成訴訟について下記のとおり論じている。原文のまま引用するが、大変含蓄に富んだ記述である。

 

 「政策形成訴訟も他の多くの被害救済を求める訴訟と同様、『被害』から始まり、侵害された権利の保護として被害の填補がなされ、その権利保護が他の被害者に対する権利保護として普遍化されていく、そのような権利の普遍化と権利保障への制度改革を目指した訴訟であり、当然そこでは、具体的な被害から始まり、その救済を求める限りでは、伝統的な法的思考による判断が求められる、ただ、その被害が社会の構造から生じ、社会に多数存在しているので、その救済のための弁護士の活動も裁判所内にとどまることはできず、また、原告以外の多くの被害者に救済を拡大し、また、そのような被害を繰り返さないための政策的制度的措置の実現が求められるという意味で、政策形成訴訟といえるのである。」

 

【薬害スモン訴訟について】

 豊田弁護士が主導した「薬害スモン訴訟」については、上記著書においては「意図的に政策形成を目標に掲げた訴訟」として評価されている。

 薬害スモンとは、製薬企業三社(田辺製薬、武田薬品、日本チバガイギー)が1950年代後半から60年代を通じて高度経済成長政策の波に乗り、医薬品の安全性を無視したまま大量に販売した整腸剤キノホルムによる悲惨な薬害である。被害者は全国で1万1千人を超え、数百名の命が奪われた。

 人間らしく生きる権利の回復」をめざして病苦に耐えながら立ち上がった被害者は、製薬企業三社と国(厚生省)を被告として、全国23の裁判所に薬害スモン訴訟を提起した。

 そして、1978年3月の金沢地裁判決、同年6月の東京地裁判決、同年11月の福岡地裁判決等々、全国9地裁で原告勝訴の判決を勝ち取った。

 それを受けて、全国各地の被害者が結集した「スモンの会全国連絡協議会」と各地の弁護団は、被害者の要求を取りまとめた「恒久補償要求」を実現するために、多数の強力な支援団体とともに、1979年5月から9月まで霞が関の厚生省前座り込み行動を拠点とした国民的な大運動を展開した。後日「霞が関を揺るがした132日の闘い」と言われたように、公害闘争の歴史に残る壮大な闘いが行われた結果、スモン訴訟の全面解決を図るために厚生大臣及び製薬企業三社との間で「確認書」の調印がなされた。そして、薬害根絶を図るための要求である「薬事二法成立」(①薬事法の改正、②医薬品副作用救済基金法の制定)が実現した。

 薬害スモン訴訟は、まさに「意図的に」政策形成を目標に掲げて、その目標を各地裁の勝訴判決をテコとして国民的な運動の力によって実現するに至った事例である。

 

【原発事故賠償訴訟について】

 2011年3月11日の福島第一原発事故は史上最大最悪の公害である。放射能は人体、大気、土壌、森林、河川、海水に蓄積され、累積する。現在のみならず何世紀にもわたって被害は続くとみられている。

 現在、全国の30余の裁判所で、合計1万3000人を超える被害者が原告となって、被告国と被告東京電力の責任を追及する原発事故賠償訴訟が進行中である。

 原発事故賠償訴訟は、原告だけの救済に止まらず、訴訟を提起していない被害者にも同様の補償がなされるとともに原発公害の再発防止が図られるような制度改革を目指した訴訟であり、まさに典型的な政策形成訴訟である。

 危険な原子力発電所が国策によって設置運営されてきた。国の損害発生防止のための責任は重大であり、しかも、設置認可の段階から運転の各段階において、国は様々な関与をしている。このようなことから見ても、一たび重大事故が発生すれば、国の規制権限不行使の違法性が厳しく判断されなければならないはずである。

 ところが、2022年6月17日に言い渡された最高裁第二小法廷判決は、3名の多数意見(菅野博之裁判長・草野耕一判事・岡村和美判事)と1名の少数意見(三浦守判事)とに分かれたが、多数意見は、経産大臣が規制権限を行使していたとしても本件事故は防げなかったかもしれないとして、国の法的責任を否定してしまった。「史上最大最悪の原発公害」をもたらした原発事故に対する「国の法的責任」が、まったく納得のいかない論理で否定されるという誤った司法判断がなされたのである。まさに「結論先にありき」の政策的判断を行った判決と言わざるを得ない。

 この最高裁判決後の2023年3月10日の「いわき市民訴訟」仙台高裁判決は、経済産業大臣が規制権限を行使しなかったことが重大な義務違反であると認定しながら、最後の部分で最高裁の多数意見に従って、国の責任を否定し、原告らの請求を棄却した。

 このような司法判断のもとでは、再び深刻な「原発公害」が発生する恐れがある。いま改めて福島原発事故に対する「国の法的責任」を明確にし、そのうえで、各種の人権侵害と環境破壊による多種多様な被害の全面的な補償・救済、および、原状回復への優先的な取り組みを強く求めていく必要が高まっている。

 「いわき市民訴訟」の上告審は、2023年8月、最高裁第三小法廷(宇賀克也判事、林道晴判事、長嶺安正判事、渡邉恵理子判事、今崎幸彦判事)に係属した。

 折しも、公害・環境問題の根本的な解決をめざして多岐にわたる諸活動を精力的に推進してきた学際的な研究者を中心としたネットワーク型組織である「日本環境会議」の研究者らの呼掛けにより、「ノーモア原発公害市民連」が発足することになった。原発公害や核災害の脅威と不安にさらされない社会をめざした独自の市民運動が立ち上がったのである。

 原発事故を二度と繰り返させないためにも、原発事故被害者の救済を図るためにも、最高裁第二小法廷判決(多数意見)の誤りを是正し、改めて最高裁で国の法的責任を認める判決が言い渡されるよう全力を挙げなければならない。

 そして、全国各地で闘われている福島原発事故賠償訴訟を真の意味で「政策形成訴訟」の名に値するものにする必要がある。

 

【豊田弁護士の呼び掛け】

 豊田弁護士は、2012年4月、第1回「原発と人権・全国研究交流集会」の実行委員長としての「開会挨拶」の中で、「巨大な電力会社と政府の政策の根本的転換を勝ち取るために、新しい前進の地平を切り開いていこう!!」と力強く呼び掛けた。

 今こそ、この呼び掛けに応えるような国民的な運動を大きく展開していくことが求められている。