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PFAS評価書に異議あり ~これでは国民の健康を守れない 弁護士白井劍

PFAS評価書に異議あり ~これでは国民の健康を守れない 弁護士白井劍

                                  

〈有機フッ素化合物PFAS(ピーファス)〉

 PFAS(ピーファス)という言葉をニュースなどで耳にする機会が増えた。有機フッ素化合物の総称である。代表的な有機フッ素化合物は、PFOS(ピーフォス)とPFOA(ピーフォア)である。

 

〈永遠の化学物質〉

 PFAS(ピーファス)は自然界に存在する物質ではない。人工的につくられた化学物質である。PFOS(ピーフォス)とPFOA(ピーフォア)を始め、膨大な数のさまざまな物質が存在する。4700種以上とも、1万種以上ともいわれる。最大の特徴は自然界で分解されにくいことである。そのため、「永遠の化学物質」と呼ばれる。フライパンなど調理器具のコーティング、半導体製造、電気絶縁体、金属メッキ処理、泡消火器などさまざまな用途に使われてきた。

 

〈広範に拡がる水の汚染〉

有機フッ素化合物による水の汚染はすでに日本全国各地にみられる。化学メーカー工場が集まる首都圏や阪神地域で汚染が拡がっている。汚染の拡がりは米軍基地周辺でも顕著にみられる。沖縄県、東京都、神奈川県の米軍基地周辺では河川や地下水などの汚染が問題視されている。

 

〈世界的には規制強化の流れ〉

PFAS(ピーファス)は人体に有害である。アメリカ環境保護庁(EPA)はPFAS(ピーファス)が引き起こす可能性のある健康影響として、「前立腺がんや精巣がんなど一部のがんのリスクの上昇」「妊娠高血圧症など生殖への影響」「コレステロール値の上昇」「低出生体重・骨の変異など子どもの発達への影響」「ワクチン反応など免疫力の低下」などを指摘している。PFOS(ピーフォス)とPFOA(ピーフォア)は「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」でそれぞれ2009年と2019年に製造・使用を禁止されている。PFOS(ピーフォス)の代替物質PFHXSも2022年に禁止された。欧州食品安全機関も、米国環境保護局も、PFASをきびしく規制している。規制の流れが世界的に強まっている。

 

〈食品安全委員会のPFAS評価書〉

ところが、わが国はこの流れに逆行している。2024年6月25日、内閣府の食品安全委員会(姫野誠一郎座長)はPFAS(ピーファス)について、健康影響に関する評価書を発表した。この評価書は、「ひとが一生涯にわたって毎日摂取しつづけても健康への悪影響がないと推定される1日摂取量の指標値」を、PFOS(ピーフォス)とPFOA(ピーフォア)のいずれについても、体重1キログラムあたり20ナノグラム(1ナノグラムは10億分の1グラム)と設定した。おそろしく緩い基準である。欧州食品安全機構は、PFOS(ピーフォス)とPFOA(ピーフォア)を含む4種類の化学物質の合計で同0.63ナノグラムと設定している。米国環境保護局は、PFOS(ピーフォス)を同0.1ナノグラム、PFOA(ピーフォア)を同0.03ナノグラムと設定している。日本政府は、欧米の数十倍から数百倍の摂取を「健康への悪影響がない」としてしまったのである。

 

〈規制を妨げた「科学的証拠の確実性」〉

 おそろしく緩い基準となったのは科学的証拠の確実性にこだわったからである。評価書には、証拠・知見が「不充分」であるという言葉が頻繁に登場する。そして、欧米でリスク評価に採用された研究報告のほとんどを指標値算出の対象から除外してしまった。国際がん研究機関が認定した発がん性も「判断できない」とした。

 

〈水俣病の教訓が活かされていない〉

 科学的証拠が不充分だから危険でないというのは話が倒錯している。そうではなく、科学的証拠をもって安全性が証明されないものは危険とされなければならないのである。国民の生命・健康を守るために、疑わしきは規制されねばならない。それが安全性の論理である。科学的証拠が不充分であることを口実に規制を先延ばししてはならぬという「予防原則」が貫かれねばならない。

そのことは、公害の原点「水俣病」の教訓でもある。国が科学的証拠の不確実性を口実に安全規制をせず、人体被害を拡大させた経過が水俣病にはある。1957年7月、熊本県は食品衛生法第4条2号にもとづき水俣湾内の魚介類の漁獲・販売を全面禁止する方針を打ち出した。当時、水俣湾沿岸漁民のあいだに人体被害が急速に拡がっていた。水俣湾内の魚介類が食卓にのぼることを、行政庁が規制権限を発動して防いでいれば、この時点で事態が収束したはずであった。ところが、厚生省(現在の厚生労働省)は漁獲・販売禁止措置をとらせなかった。このとき厚生省が熊本県知事に宛てて発した回答書「水俣湾内特定地域の魚介類のすべてが有毒化しているという明らかな根拠が認められないので、該特定地域で漁獲された魚介類のすべてに対し、食品衛生法第4条2号を適用することはできないものと考える」は、水俣病における国の犯罪性を示す文書としてあまりにも有名である。科学的証拠が確実でないことを口実に規制を妨げたこの論理は、国民の生命と健康を犠牲にして国の産業政策と企業の利益を優先する論理である。それとまったく同じ論理をPFAS評価書はとっているのである。水俣病の教訓が活かされていないといわねばならない。

 

〈政府はただちに方針の転換を〉

 水俣病は、被害者が不知火海一円に拡大し、膨大な数の人びとが塗炭の苦しみを味わいつづけた。同じ悲劇をPFASでくり返すようなことがあってはならない。政府はまず、ただちに方針を抜本的に転換し、PFAS「指標値」を欧米並みの厳しい数値に改訂すべきである。万が一将来、規制対象の一部について安全性が科学的根拠をもって確実に確認されたら、そのときに規制を緩めればよい。それまでずっと、厳しい安全基準をもって国民の生命・健康を守らねばならない。そうでなければ、いったい国はなんのために、だれのために存在するのか、その存在意義が問われるといわねばならない。(以上)