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住宅の地下で何が起きているのか~大深度法は廃止しよう! 弁護士白井劍

住宅の地下で何が起きているのか~大深度法は廃止しよう! 弁護士白井劍

〈所有権は地下深くどこまでも及ぶのか〉
 所有する土地は地下深くどこまでも所有者のもの。ふつうはそう思われている。民法207条には、「土地の所有権は、法令の制限内において、その土地の上下に及ぶ」と定められている。
「ほら、ごらんなさい。土地の『下』に所有権が及ぶのだから、地下深くにも所有権が及ぶのですよ」。
 でも、ちょっと待って。「法令の制限内において」と書かれている。これがクセ者なのである。

〈大深度法とは〉
 「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法」という法律がある。一般に、「大深度法」(だいしんどほう)と呼ばれる。2000年に成立し2001年に施行された。成立にいたる国会審議では、「大深度地下は通常使用しない空間」「地上に影響をおよぼす可能性は低い」などの答弁がくり返された。地上の所有権者の「同意」も「補償」も得ないままトンネルを掘り進めることを可能にする法律である。
 この法律が適用されるのは、首都圏、近畿圏、中部圏の一定範囲(その全部ではないが広範囲)の「大深度地下」である。その範囲内に住む人びとは、自宅や職場や学校の真下や近隣の地下深くに巨大トンネルを掘られる可能性がある。その人びとが同意してもいないのに、である。

〈大深度地下の深さの基準〉
 それでは、「大深度地下」とは、どの程度の深さの地下を言うのであろうか。国土交通省のホームページには、つぎのとおり説明されている。
「大深度地下の公共的使用に関する特別措置法における大深度地下の定義は、次の(1)または(2)のうちいずれか深い方の深さの地下です。
(1) 地下室の建設のための利用が通常行われない深さ(地下40m以深)
(2) 建築物の基礎の設置のための利用が通常行われない深さ(支持地盤上面から10m以深)」

※ここでの支持地盤とは、高層建築物の基礎杭も耐えられる地盤 (基礎杭が2,500kN/㎡以上の許容支持力を有する地盤)    〈国土交通省ホームページより抜粋〉

 
〈すでに認可を受けた事業〉
 地上の所有者の「同意」と「補償」が不要になるのは「公共の利益となる事業」の場合である。大深度法第4条は、「道路、河川、鉄道、電気通信、電気、ガス、上下水道等」の事業を「公共の利益となる事業」と定めている。
 大深度法の適用を受けるためには「公共の利益となる事業」を進める事業主体が申請して都府県または国土交通省の認可を受けなければならない。
 これまでに認可を受けたのは、つぎの4事業である。

  1. 神戸市の送水管敷設事業〈2007年6月19日兵庫県知事が認可〉
  2. 東京外郭環状道路(関越自動車道-東名高速道路間、略称外環道)〈2014年3月28日国土交通大臣が認可〉
  3. JR東海リニア中央新幹線〈2018年10月17日国土交通大臣が認可〉
  4. 大阪府の寝屋川北部地下河川事業〈2019年3月18日国土交通大臣が認可〉

〈閑静な住宅街の道路が陥没〉
 2020年10月18日、東京都調布市東つつじが丘の閑静な住宅街で道路の陥没事故が起きた。住宅の前面道路にできた巨大な陥没の、テレビニュース映像は衝撃的だった。大深度法の適用を受けた、東日本高速道路などによる東京外郭環状道路事業の地下トンネル工事が原因だった。事故の2カ月後、東日本高速道路はトンネル工事と事故について「因果関係を認めざるを得ない」として「住民にお詫びする」とした。2022年2月地域住民がトンネル工事の差し止めを求めた仮処分事件で東京地裁は、「陥没が生じるおそれがある」として、陥没現場を含む周辺9キロの区間の工事中止を命じた。

〈住宅の庭から水と気泡が湧出〉
 2024年10月22日、東京都町田市の住宅の庭から水と気泡が湧き出る事件が起きた。現場は、JRリニア中央新幹線のトンネル掘削現場の近くだった。シールドマシン(掘削機)で「大深度地下」を掘っていた。JR東海の丹羽俊介社長は11月13日記者会見で、工事との因果関係は認めつつ、湧き出た水や気泡は「人体に影響を及ぼすものではない」と説明した。
 この説明は事実に反する。気泡は酸素濃度1%の「酸欠空気」だった。ひとが吸い込めば即死するレベルの低濃度である。一般に酸素濃度18%未満の空気は人体に悪影響をおよぼす。酸素濃度6%未満の場合は致命的となる。大深度工事によって湧き出た気泡は、「人体に影響を及ぼすものではない」どころか、明らかに有害な酸欠空気だった。

〈建物が倒壊すればとりかえしのつかない被害となる〉
 2020年10月調布の陥没事故では建物は崩壊しなかった。しかし、大深度地下工事の進む地域でいつか建物の倒壊がおきるかもしれない。たとえば、リニア中央新幹線の東京、神奈川、愛知の大深度トンネルのルート上には、小中高の学校17校と1つの大学が存在する。夥しい数の住宅や職場が存在する。大深度地下工事のために住宅や学校や職場が倒壊する事故が起きるかもしれない。たしかに、これまでは起きていない。それは、ただ単に幸運だっただけである。大深度地下工事の影響で地上の建物が倒壊する、その危険性をだれも否定できない。事故がおきれば少なからぬ死傷者がでる。そうなってからでは遅い。
 人身被害の危険性を否定できない限りストップをかけねばならない。科学的証明ができないことを理由に放置することは許されない。それが四大公害裁判以来確立した「予防原則」である。現に、東京外郭環状道路事業の地下トンネル工事では、東京都調布市の住民が騒音や振動に悩まされており、振動による家屋の損傷も見つかっている。実際に地表への深刻な影響は現れているのである。

〈大深度法は廃止を〉
 大深度法は、「地表で生活する人びとに悪影響をおよぼさない」ことを前提に成立した。しかし、実際には地表の生活に深刻な悪影響が出ている。生命・健康にかかわる、とりかえしのつかない被害がでる危険性も否定できない。大深度地下の利用がどれほどの利便を人びとにもたらすものであろうとも、地表で生活する人びとの生命、健康、財産を危殆にさらしてまで追求すべきものであるはずがない。
 新聞やテレビは、道路の崩落事故や水・気泡の湧出事故は報道するものの、報道は工事方法になにか問題があった可能性を示唆するだけである。工事方法の問題もさることながら、根本的な元凶は大深度法という悪法である。そのことを、ひとりでも多くのかたに知ってもらいたい。
 いま、「大深度法は廃止しよう!」という声が、「ストップ・リニア!訴訟」原告団と弁護団、「東京外環道訴訟」原告団・弁護団を中心に、急速に拡がりつつある。大深度法はただちに廃止すべきである。声を大にしてそう主張したい。「大深度法は廃止しよう!」という声が大きく拡がっていくことを期待したい。

(以上)