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勝訴判決をテコに原発被害地の復旧・復興をめざす 弁護士 鈴木堯博(山木屋訴訟弁護団)

勝訴判決をテコに原発被害地の復旧・復興をめざす

2025年3月

弁護士 鈴木堯博(山木屋訴訟弁護団)

(史上最大最悪の公害:福島原発事故)
 2011年3月11日に発生した福島原発事故は、史上最大最悪の公害である。原発から放出された放射性物質は、大気、水、土壌、樹木などに深刻な環境汚染をもたらし、住民のふるさとを奪い去った。約16万人の被害者は福島から全国各地へ避難を余儀なくされた。今後、永久に廃止される自治体も生じる恐れがある。まさに「廃村棄民」現代版である。

 原発事故発生から14年目を迎えた現在においても、福島から全国各地に避難した被害者は、東電と国を被告にして原発事故賠償訴訟を闘っている。

(山木屋訴訟・仙台高裁判決)
 山木屋訴訟も原発事故賠償訴訟の一つである。

 原発事故により「避難指示解除準備区域」・「居住制限区域」に指定された川俣町山木屋地区では、住民の3割弱に当たる約300人が原告となり、東電を被告にして、山木屋訴訟を10年余にわたり闘い抜いてきた。そして、控訴審の仙台高裁は、昨年2月14日に判決を言渡した。

 本判決は、被告東電の原発事故を防ぐ上での対策不備を厳しく指摘して加害責任を断罪した。そして、損害賠償額については、原子力損害賠償紛争審査会(第5次追補)基準(250万円)を上回る「ふるさと喪失・変容慰謝料330万円」を認めた。その点で画期的な原告勝訴判決と評することができよう。

 山木屋訴訟原告団は、本判決直後の2月22日に東電と直接交渉を持ち、「東電は本判決に服して上告するな!」と強く迫った。結局、東電は上告を断念し、本判決が確定した。

(帰還者が少ない山木屋の現状)
 原発事故発生当時、山木屋地区の居住者は1,252名だったが、原発事故により一斉に避難した。2017年に避難指示が解除されたが、山木屋への帰還者は少ない。2024年12月現在の居住者は323名に過ぎず、4分の1に減少した。居住者の年齢別割合では、若者は、20代が9名、20歳未満が6名の計15名(5%)に過ぎない。他方65歳以上の高齢者は223名(69%)、75歳以上の後期高齢者は121名(37.5%)を占めている(添付資料1参照)。

 今後の山木屋復興の担い手となるべき若者が著しく減少したのである。

 山木屋に若者が帰還しない理由としては、山木屋地域全体面積の60%を占める山林地域(元々山木屋住民の日常的な生活圏内であった地域)が除染対象外となり、山木屋に帰還すれば放射能汚染が危惧されること、しかも、山木屋周辺では働く場(雇用の機会)が失われたことなどが指摘できる。

 他方、東電のホームページには、「『福島復興への責任を果たすために』という表題のもとに、「『福島の復興なくして東京電力の改革、再生はあり得ない』との決意の下、事故の責任を全うすると共に、福島の生活環境と産業の復興を全力で進めてまいります。」と掲載されている。

 この文章を素直に読めば、東電が加害者責任を果たすことを宣言し、その決意を表明したものと見ることもできよう。しかし、東電が今後どのようにして福島復興への責任を果たすのか、その具体的方策は全く示されていない。

 被害者が声を挙げなければ、「東電の決意」なるものは、単なる「絵に描いた餅」に終ってしまうであろう。

(山木屋の復旧・復興を求める東電交渉)
 公害被害者の加害者に対する基本的な要求は、「謝れ、償え、無くせ公害」の3点である。

 山木屋原告団は、本判決を手中にして以来、本判決をテコにして、東電に対して「東電代表者の真摯な謝罪」と「山木屋の復旧・復興」を求めて、1~2か月に1回位の頻度で、東電との交渉を持ってきた。これは、東電の加害者責任を果たさせるために、被災地山木屋の復旧・復興を実現することを要求する活動である。

 仙台高裁判決が言い渡された直後の昨年2月22日第1回目の交渉以降、今日まで、以下のとおり、被告東電との交渉の回数を重ねてきた。

第1回目交渉 2月22日  東電本社内

第2回目交渉 3月18日  東電本社内

第3回目交渉 5月 8日  東電本社内

第4回目交渉 5月30日  東電本社内

第5回目交渉 10月28日 山木屋現地調査を兼ねた東電交渉

第6回目交渉 12月26日 東電本社内

第7回目交渉 本年2月17日(予定) 東電本社内

(東電代表者の「真摯な謝罪」の要求)
 原告団は、第2回目交渉から第4回目交渉まで、「東電代表取締役が山木屋現地に赴いて、原告団・山木屋住民代表者・川俣町町長らに対し、真摯な謝罪をすること」を要求してきた。そして、「東電代表取締役の謝罪こそ、今後、東電が果たすべき『山木屋復興・福島復興』の出発点となる」ことを強調した。

 しかし、東電側の回答は、東電代表取締役の直接の謝罪ではなく、東電代表取締役の「謝罪文」を東電福島復興本社代表者が「代読」するだけで済まそうとするものであった。

 これに対して、原告団は、改めて、東電代表取締役本人の山木屋現地におけ「真摯な謝罪」を要求している。

(山木屋現地調査を兼ねた交渉)
 東電交渉の中で特に有意義な交渉となったのは、山木屋現地調査を兼ねた現地での「第5回目の東電交渉」(昨年10月28日実施)である。

 原告団は数十人が参加し、原告団役員が説明役を分担して、山木屋の被害現場(①廃業した米倉酪農牧場跡地、②廃業した花卉トルコ桔梗栽培農家跡、③人通りの途絶えた商店街跡地、④廃業した農家、⑤生徒のいなくなった小中学校等々9か所)において、被害の実態を東電側に説明した。

 東電側は、従前の東電交渉の東電担当者である福島復興本社の部課長ら7名が参加した。そして、現地調査直後の山木屋公民館での東電交渉の席で、東電交渉メンバーは以下のような感想をこもごもと語った。

「復興が進んでいないこと、特に若い世代や後継者がいないことを実感した。」

「取返しの付かない事故を起こしてしまった。」

「地域の皆さんと一緒になって、山木屋のために何ができるかをしっかり考えたい。」

「被害の実情を社内に正しく伝わるようにやっていきたい。」

 そして、この山木屋現地調査の2か月後の12月26日に、東電本社で第6回目交渉が行われた。この日の東電側の交渉担当者も大部分が山木屋現地調査に参加したメンバーであった。

 ところが、東電として「山木屋のために何ができるか」についての具体的な方策が示されることはなかった。そのため、この問題については、次回の東電交渉に持ち越されることになった。

 また、原告団は、改めて、東電代表者による真摯な謝罪を強く要求したが、東電側からは前向きの発言がなかった。

 山木屋現地調査直後の現場での東電交渉で語られた東電側交渉担当者の感想は、被害の現場で被害事実を直視した「人間」としての発言であると受け止められたが、第6回目交渉での東電側の対応は「営利企業体」としての発言に終始したものであった。

 しかし、東電側の交渉担当者が山木屋被害の現場で被害の「実相」を直視ししたことの意義は大きい。今後の東電交渉においては、この点を是非とも交渉内容に反映させていかなければならない。

(原発被害地の復興を実現するための今後の課題)
 勝訴判決をテコに原発被害地・山木屋の復旧・復興を実現するには、以下のような「今後の課題」を達成する必要がある。

【今後の課題1点目】 原告団要求の明確化と堅持、世論の支持
 山木屋の復旧・復興のための原告団要求の内容を一層明確にし、その「要求」を堅持して交渉を持ち、世論の支持のもとで要求実現を勝ち取ること。

【今後の課題2点目】 山木屋原告団と地元の川俣町との連携・協力関係を確立すること。
 川俣町は、原発事故発生後に原子力災害対策課を設置して原子力災害対策に力を注いできたが、本年1月、山木屋の復旧・復興を求める「要望書」(添付資料2参照)を東電に提出した。

【今後の課題3点目】 東電だけでなく、国も交渉のテーブルに着かせること。
 山木屋訴訟の被告は東電だけであったが、原告団要求の内容は国の政策に関わる問題も多く含まれているため、国を交渉のテーブルに着かせることが必要である。そもそも、国は、原発を「国策民営」と位置づけて原発推進政策を採用してきたのであって、福島の復旧・復興に責任を持つべき当事者である。

【今後の課題4点目】 最高裁で国の法的責任を認めさせること
 2022年6月17日・最高裁第二小法廷判決は、国の法的責任を否定した。この「6.17最判」の誤りを糺すべく、多くの原告団・弁護団が国の法的責任を追及する裁判を懸命に闘っている。それを支援する市民運動も大きく展開しつつある。原発事故に対する国の法的責任を最高裁で認めさせるために、世論の支持・支援を一層広げていく活動が極めて重要な段階を迎えている。

【今後の課題5点目】 多くの原告団との連帯活動
 原発被害地の復旧・復興を求める要求は、他の原告団の要求とも基本的に共通している。被害者の要求実現のためには、多くの原告団との連帯活動が必要である。

 勝訴判決をテコに原発被害地の復旧・復興を求める原告団要求を実現するための活動は、これから正念場を迎えることになる。

[添付資料1] 「山木屋地区の居住等の状況(令和6年12月1日現在)」

[添付資料2] 「川俣町長の東電に対する「要望書」(令和7年1月)」