ブログ一覧

引きこもり状態の人の就労支援に関わる経験  弁護士 岡村 実

引きこもり状態の人の就労支援に関わる経験

                               弁護士 岡村 実

1 Aさんの事件の受任
 弁護士業務の一環として、私は引きこもり状態の人の就労支援に関わることになりました。その人を仮にAさんと呼びます。Aさんは50代の男性で、約25年間母親の介護をしてきました。母親の死後、Aさんはうつ状態に陥り、引きこもりになりました。3年間は全く仕事ができない状態でした。Aさんは引きこもり状態において賃貸借関係でトラブルを起こし、その賃貸借関係のトラブルについて私が受任しました。

2 誰にでも起こりうる引きこもり
 「引きこもり」とは、社会的参加(就学、就労、家庭外での交遊など)を回避し、原則として6か月以上にわたり家庭にとどまり続ける状態を指します。引きこもり問題は、現代社会における重要な課題となっています。2022年の内閣府の調査によれば15歳~64歳の生産年齢人口において146万人、50人に1人が引きこもり状態ということです。5人に一人がコロナ禍の影響を理由に挙げ、また退職を理由にあげた人も比較的多くなっています。このような原因からすれば、引きこもりは、誰もがなり得ることであり、誰も自分とは無関係とはいえない状態であると言えると考えます。

3 秋田県藤里町での取り組み=藤里方式
 秋田県藤里町人口約4000人の町です。藤里町では、2006年に開始した調査で113人の引きこもりがいることが明らかになっていました。それが、後に藤里方式と呼ばれる取り組みにより、2015年に引きこもりゼロを実現したことで全国から注目を浴びました。
 藤里方式は、引きこもり状態にある人々が自分のペースで社会とかかわりを持てるようにすることを目指しています。偏見をなくすことも重視しています。
 藤里方式推進の中心人物であった藤里社会福祉協議会の菊池まゆみ氏は、「風邪をひいて一歩も外にでられない。」―引きこもりとはそんなものだといいます。支援事業が進む中で菊池まゆみ氏ら社協職員の中には「引きこもりの人はたまたま、所属や仕事をもっていないだけの『普通の人』だ」という思いが深まっていったと言います。
 藤里町の経験は、NHKの番組、新プロジェクトXで「人生は何度でもやり直せる。引きこもりゼロを実現した町」とのテーマで扱われています。この回は動画配信サービスU-NEXTで視聴できます。興味ある人はご視聴ください。

4 Aさんの就職活動
 引きこもり状態の人に対しては偏見が存在することも事実です。私も当初、Aさんの生活状況から認知症を疑いました。しかし、Aさんと打ち合わせをしたり、メールのやりとりをする中で、Aさんの認知能力が十分にあり、就労意欲もあることが分かりました。Aさんのメールの文章は丁寧で要領よくまとまっていました。
 Aさんはハローワークに通い始めましたがうまく行きませんでした。
 私は、Aさんと一緒に東京都B区の引きこもり支援センターに相談に行きました。B区の引きこもり支援センターも藤里方式を参考にしていると思われます。B区で対応してくださった2人の相談員は、Aさんが引きこもり状態になった理由、Aさんの就労経験について話を聞き、優しく丁寧に励ましながら対応してくれました。Aさんは要領よく、自分の経験を語り、相談員からも「こんな風に話ができたり、説明できるのであれば十分就労の可能性がある。」と言われました。
 翌週、Aさんは一人で相談に行きました。相談では、どんな仕事が良いかについて色々と提案していただいたとのことです。次回の相談では、以下の内容について話し合うことになったと報告を受けました。
●履歴書の書き方
●面接の対策とマナー
●面接の際の身だしなみ
 引きこもりの就労支援自体は弁護士の仕事ではありません。しかし、業務遂行の過程で依頼者の引きこもり状態の解消に少しでも助力できることは大変嬉しいことです。Aさんのケースを通じて、引きこもり状態の人々が持つ潜在的な可能性や、適切な支援を通じて社会復帰が可能であることを実感しました。

5 就労支援にかかわって感じたこと
 この経験を通じて感じたのは、専門家や支援者による温かい対応が、引きこもり状態の人々にとってどれほど重要であるかということです。Aさんのようなケースは、適切な支援と理解があれば、長い間引きこもり状態であったとしても再び社会で活躍することができる可能性を示しています。
 今後、私が弁護士として関わる案件においても、このような人々への理解と支援を心掛けたいと思います。引きこもり問題は個人だけでなく、社会全体の課題でもあります。一人一人の力が集まることで、引きこもり状態の人々が再び社会で活躍できる未来が開けることを願っています。

                                    以上