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すべての人の暮らしに影響を及ぼす「生活保護基準」 弁護士 國嶋洋伸

 2025年6月27日、最高裁判所第三小法廷(宇賀克也裁判長)は、大阪と愛知の生活保護利用者が、それぞれの自治体を被告として「生活保護基準の引き下げは違法である」として処分の取り消しを求めた裁判(いのちのとりで訴訟)で、原告ら勝訴判決を言い渡しました。
 生活保護を所管する厚生労働省は、保護基準に物価の下落を反映するとして、2013年から3年にわたって、支給額を段階的に最大で10パーセントもの引き下げを行いました。
 この引き下げについて、全国各地で弁護団を結成し、生活保護利用者の方たちが原告となって処分の取り消しを求めて裁判が起こされていました。
 決して簡単ではない裁判でしたが、厚生労働省の行った保護基準の引き下げがあまりに苛酷であり、原告らの生の声を聴いた各地の地方裁判所で「保護基準を引き下げた厚生労働大臣の判断に裁量権の範囲の逸脱または濫用があるため違法である」との判断が出されました。控訴審でも、札幌、東京、名古屋、大阪、広島、福岡などの各高裁で違法という判断が出されていて、このたびの最高裁の判決で違法であることが確定しました。

 このことはニュースでも大きく取り上げられましたが、生活保護を利用していない方は「自分には関係のないこと」と思われているかもしれません。しかし、それは大きな間違いです。
 なぜなら、生活保護基準は、私たちが利用するさまざまな社会保障と連動して、生活困窮者や高齢者、障碍者のみならず、多くの市民に影響を及ぼすからです。
 たとえば、最低賃金法9条では、地域ごとの最低賃金が生活保護基準を下回った場合、最低賃金を保護基準まで引き上げて「逆転現象」を解消するとされています。すなわち、生活保護基準が引き下げられれば、地域によっては最低賃金の引き上げが抑制されてしまう可能性があります。
 また、就学援助、介護保険利用料、地方税、国保、公営住宅家賃の減免制度なども、生活保護基準と連動していることが少なくありません。
 保護基準が引き下げられることによって、今まで受けられていた減免措置が受けられなくなり、家計の負担が圧迫されることも考えられます。
 さらに、住民税の非課税基準が下がって、今までは無税だった人が課税されるようになる可能性もあります。
 そのほかにも、高額療養費の自己負担限度額、保育料、介護保険の自己負担限度額、障害者サービスに関する自己負担、難病患者の医療費の自己負担といった、私たちの生活に広くかかわるさまざまな制度において、保護基準の引き下げは、改悪(負担の増大)をもたらす可能性があります。

 「多くの外国人が生活保護を受けるために日本に来ている」とか、「不正受給が野放しになっている」などの間違ったデマや偏見によって、誤解されることも少なくない生活保護制度ですが、私たち市民が病気やケガ、障碍や高齢によって働けなくなったときに、人間らしく生きていくために憲法上保障された「いのちのとりで」です。
 弁護士という仕事をしていると、もし仮に生活保護の制度がなかったらどうなってしまうのだろうか、という場面にしばしば直面します。重いうつ病で働けなくなりやむなく自己破産した人、無保険の車による交通事故で主たる生計維持者をなくした人、DVから逃げ出してようやく離婚したが元配偶者が養育費を払ってくれない人など、生活を立て直すまでの一時しのぎだったとしても、生活保護がなかったらリスタートすることすらできないでしょう。
 そして生活保護を利用することができたとしても、保護費が「健康で文化的な最低限度の生活」すら維持できないような低額であれば、実態は同じことです。
 
 最高裁から厳しい審判を下された厚生労働省は、最近になってようやく検討会を立ち上げて、自らの違法行為の検証を始めましたが、その対応はあまりに遅すぎます。
 生活保護利用者のみならず、国民全体の社会保障のあり方を大きく左右する生活保護基準について、「自分には関係ない」と思わずに、もっと多くの市民のみなさまが関心をもって頂きたいと思います。