1 サロマ湖100キロマラソンの完走
私は、サロマ湖100キロマラソンを完走したことがある。
年に10回以上「フルマラソン(42.195キロ)大会」に参加して、いずれも好タイムで完走していた当時の1993年6月のことだ。
今から33年前の話になる。
100kmというと、東京を起点にすれば、北は宇都宮、南は館山や小田原までの距離になる。
マラソンランナーにとっては、100キロマラソンを一度でもよいから完走したいという夢を実現したくなるものだ。
そのためには、日頃の練習と鍛錬が欠かせない。
私もそれなりの練習を積んで、サロマ湖100キロマラソン大会に臨んだ積もりだった。
大会当日、スタートしてから50キロ地点までは、自分で想定していた以上に順調に走ることができた。途中の給水所では「お汁粉」が振る舞われ、それを食べている多くのランナーの姿が目に入ったが、私は時間節約のために、それを横目に見ながら走り続けた。その時点では100キロは無事に完走できると確信していたのだ。
しかし、最終段階の90キロ付近まで走ってきたところ、サロマ湖周辺から吹いて来る冷たい風に吹きさらされた。それに対して疲労困憊の身体が打ち勝てなくなったせいか、身体全体が無性に冷え込んできた。身体がゾクゾクと震え出した。防寒着を用意していなかったことを後悔したが、後の祭りだった。このまま走り続ければ低体温症で倒れてしまうかもしれないという、それまで経験したことのないような不安感にさいなまれるようになった。
もはや完走どころの話ではなくなると思ったその時に、90キロ地点の「給水所」が目に入った。そこに係員が2人いた。
そこで、無我夢中で給水所に駆け込み、係員に事情を話して、係員の着ている上着の「ヤッケ」を貸してほしいと頼み込んだ。係員は快く「ヤッケ」を脱いで貸してくれた。
私は、その親切に感動しながら、「ヤッケ」を着込んで、ようやく低体温症の状態から抜け出して走り続けた。
その結果、制限時間内に100キロを完走することができた。
その時の「完走記録」によると、「タイム」は11時間31分18秒、出走者数1,049人のうち、完走者数659人中の378番目だった。
今でも、この時のサロマ湖100キロマラソンを思い出すと、完走した時の感動が甦ってくる。
2 「サロマ湖100kmウルトラマラソンオンラインチャレンジ」の完走
現在は加齢に伴って、マラソン大会に参加するのが困難になってきた。
しかし、「サロマ湖100kmウルトラマラソンオンラインチャレンジ」というマラソン大会があった。「日本のウルトラマラソン発祥の『サロマ湖100kmウルトラマラソン』のサロマを想いながら走ろう」と呼び掛けるオンラインの大会である。
これは、自分のスマホに「TATTA」というアプリを入力してオンライン大会主催者側との接続を行う必要がある。それが済めば、スマホをウエストポーチに入れて、自分の好きな所を走れば、何処をいつどんなスピードで走ろうとも、走った記録(日時、ペース、タイム、距離、地図など)がすべて登録されることになる。走る時間や速度には制約がない。
立ち止まればTATTAは自動的に停止し、走り出せばTATTAは自動的に再開するという仕組みになっている。
ただし、月間100㎞以上走ることが完走の条件であった。それが「サロマ湖100kmウルトラマラソン」の由縁だからである。
私は、2025年11月と12月のオンライン大会に登録して、いずれも月間100km以上走ることができた。サロマ湖を思い出しながら。
11月は124.3km、12月は113.7kmだった。
3 「走ること」の意味
人は何故走るのだろうか。
私は、人類の遺伝子の中に「走る」という因子が刻み込まれていると思っている。
ある人類学者によれば、「人類が猿に似た祖先から進化したのは、アフリカのサバンナで動物を狩るために長い距離を走らなければならなかったからだ。つまり、走ることで人間になったのだ。」とする。
私は、走っている時に、自分が生きていることを実感することがある。「命の脈動」を感じるのだ。その点でも「走ること」は「歩くこと」と違う。
これからも可能な限り走り続けることにしよう。

