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裁判所の論理  弁護士藤田陽子

裁判所の論理  弁護士藤田陽子

 

少し前に「イチケイのカラス」という裁判官が主役のテレビドラマがありました。

申し訳ないことに、私自身、このドラマは一度も拝見しておらず(原作漫画も読んでいないので)、感想などをお話しすることはできませんが、このドラマ(原作漫画)のモデルとなった元裁判官(現弁護士)の方の特集をたまたまテレビでお見かけし、興味深く拝見しました。

その元裁判官の方は、裁判官の時に無罪判決を下したある放火事件において、警察官や被告人が証言した内容に関して、このような話をされていました。

「本人(被告人)の言っていることと、警察官の言っていることが食い違う、そうすると多くの裁判所は、本人は罪を免れたいと思って嘘を言う動機があると、警察官は職務でやってることだし、宣誓して証人として述べてる、だから警察官の言うことは信用できると、こういう論理を使うわけですよ、本当にね、ばかじゃないかと思うくらいひどいですよ。」「証言がくるくる変わるのはえん罪事件の大きな特徴なんですよ。」

このお話を聞いて、ある事件の判決を思い出しました。

 

今からもう10年以上前の、ある無罪を争われた公務執行妨害事件の判決です。

事案の詳細については差し控えますが、警察官が押していた自転車に対し、暴行を加えた(公務執行妨害罪では、直接的な暴行だけでなく、間接的に物理的、心理的影響を与える行為も暴行にあたります)ということで公務執行妨害罪で逮捕勾留、起訴された事案でした。

担当した弁護士は、被疑者の話を何度も聞き、被疑者が暴行を加えた事実はなく、警察官が被疑者の行動に過剰反応し、暴行を加えられたと勘違いした事案だと理解しました。

起訴後、無罪獲得に向けて証拠収集し、また、公判において、暴行を受けたと主張する警察官に関し裁判所に提出されていないすべての供述証拠、実況見分調書を開示するよう求めたところ、検察官から開示されました。

開示された警察官の供述調書、実況見分調書等、警察官の話を全て確認すると、警察官の証言に変遷がみられ、暴行の態様が全く一貫していなかったそうです。

この点をつめていけば、もしかしたらという期待のもと、担当弁護士は、裁判所において警察官の証人尋問も行いました。

警察官の証言がいかに信用できないか、手続きの中でかなり明らかにできたと手応えがあったそうです。

 

しかし、判決の日、下されたのは、執行猶予つきの有罪判決でした。

判決の根拠の根底にあるものは、まさに元裁判官の方がおっしゃっていたものでした。

警察官の供述に変遷があったことについても、巡査が拝命して1年あまりという経験の少ない警察官であることなどを考えると致し方ない面がないではないとして、警察官の証言は信用できるという趣旨の判断でした。

担当弁護士は全く納得できず、控訴も検討しましたが、結局、時間や費用がかかることもあり、結論が変わることが確実でもないので、控訴はしないと決められたとのことです。

担当弁護士が、当時、被告人の無罪を確信して警察官の証人尋問をするなどできる限りの立証を行ったことは、結果にこそつながりませんでしたが、弁護士としてはやるべきことはやったのではないかと思います。

しかし、本件のような警察官の経験の短さから言うことがくるくる変わるのは仕方がないとして証言の信用性が認められ、有罪とされてしまうのでは、弁護士としてやるべき立証活動を行っても、上記元裁判官の話にある「多くの裁判所」の「論理」の前に被告人の利益が守られません。

有罪率が99%を超えるといわれ、裁判官が有罪の判断に大きく傾いていると言わざるを得ない日本の刑事司法の限界を感じるところでもありますが、私たち一人一人の弁護士が努力することで、少しでもその限界を突破していければいいと思います。

以上