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人の命の重さ  弁護士鈴木堯博

人の命の重さ                               弁護士 鈴木堯博

 

「自宅・施設療養中 206人死亡 8月末時点 第5波で急増」

新型コロナウイルスに感染したが入院できず、自宅や高齢者施設などで十分な医療の管理下にないまま死亡した人が急増した。2021年1月から8月末までの間に全国で206人が死亡したと新聞は報じた。

入院して適切な医療を受けていれば失われなかったはずの命。コロナ禍のもとでも医療逼迫の事態が引き起こされなければ助かったであろう命。

人の命がこれほどまでに軽く扱われてしまうような事態に我々はコロナ禍で直面したのだ。

 

「人の命は、全地球より重い。」

この言葉は、1948年3月12日の最高裁判所大法廷判決の中に出てくる。「生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。」とある。

尊属殺殺人死体遺棄被告事件について、原審で死刑判決を言渡された被告人の弁護人が、死刑こそは最も残虐な刑罰であるから憲法違反だと弁論したのに対し、この判決は、「一人の生命は、全地球より重い。」と述べた後で、「死刑はまことにやむを得ざるに出ずる究極の刑罰であり、冷厳の刑罰である」としつつ、「刑罰としての死刑そのものが、一般に直ちに残虐な刑罰に該当するとは考えられない。」として、死刑を定めた刑法の規定は違憲ではないとの判断を示した。

「一人の生命は、全地球よりも重い。」という言葉は、死刑を合憲とする結論の枕詞として使われたものだ。

 

この判決文を起案した眞野毅判事は、『西国立志編』(サミュエル・スマイルズ著 中村正直訳)という書の序文からこの言葉を引用したという。

そこで、明治の日本人に巨大な影響を与えたというこの書の序文を開いてみた。

「古(いにしえ)はいわずや、兵は凶器、戦いは危事なり、仁者に敵なし、善く戦う者は上刑に服す、と。一人の命は、全地球より重し。」とある。

やはり、この書においても、「一人の命は、全地球より重し。」という言葉が、人の命が失われる戦いと対比して用いられている。

 

人の命が突如にして理不尽に失われたという報道に接するのは、もとよりコロナ禍だけではない。豪雨災害死もあり、学童の交通事故死もある。多くは人災で、避けることができたはずの死である。

目を海外に向けると、アフガンのターリバーンやミャンマーの軍政権による無辜の人々への殺害を始めとして、アメリカの警察官による黒人の殺害に至るまで、人々の命が石ころのように軽く扱われている理不尽な殺害の事例があまりにも多い。

 

「人の命は、全地球より重い。」

コロナ禍を契機に、この言葉をじっくりと噛みしめてみたい。

弁護士の仕事には、交通事故事件、公害事件、医療過誤事件など、人の命に係わる事件が多い。「人の命の重さ」を心に問いかけながら、弁護士の仕事に向き合いたいと思う。

(以上)