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原発訴訟最高裁判決についての公害弁連声明 弁護士白井劍

原発訴訟最高裁判決についての公害弁連声明  弁護士白井劍

 

ことし2022年6月17日、最高裁は、福島原発事故について国の責任を認めない判決を出しました。この判決について、全国公害弁護団連絡会議(公害弁連)が7月8日声明を発表しましたので、この「弁護士ブログ」にて皆さまにご紹介いたします。声明は下記のとおりです。

福島原発事故国賠責任に関する最高裁判決に断固抗議し国の責任を追及する公害弁連声明

最高裁判所第2小法廷(菅野博之裁判長)は、2022年6月17日、福島原発事故について国の責任を認めない判決を出した。判決(多数意見)は、想定された地震・津波と実際の地震・津波との違いを強調したうえ、仮に国が電気事業法40条に基づく規制権限(技術基準適合命令)を行使していたとしても、大量の海水が本件敷地に浸入し原子炉施設が電源喪失の事態に陥って事故が発生した可能性が相当にあったとして、「経済産業大臣が上記の規制権限を行使していれば本件事故又はこれと同様の事故が発生しなかったであろうという関係を認めることはできない」と判示した。国が規制権限を発動していたとしても原発事故は起こっただろう、だから権限不行使と事故との因果関係がはっきりしないので、実際の国の規制の在り方の適否について判断するまでもなく、国に国家賠償法上の責任はないというのである。

しかし、想定と実際との違いをことさら強調して事故を防げなかったというのは、原発というものは元来安全に稼働できなくても仕方がないものであるといっているに等しい。関係法令が国に規制権限を付与した趣旨・目的を没却した判断というしかなく、とうてい被害者を始め多くの国民を納得させうる判決ではない。

そもそも、原発は核分裂にともなって発生する高エネルギーを利用した発電施設であり、その稼働により有害な放射性物質を大量に内部に生み出すものである。万が一事故が起これば住民等の生命、健康に重大な危害を及ぼし、広範な環境汚染を引き起こす壊滅的危険性を構造的に内包している。それゆえに、原子力基本法を頂点とする法体系は、国民の生命・健康と生活環境を保護するために、万が一にも重大事故が起きることのないよう、原子力施設を運用する事業者に重い責任を負わせるとともに、国に強力な規制権限を付与した。すなわち、原子力基本法は、原子力の利用は安全の確保を旨として行うものと定め、原子炉等規制法は、法の目的を、原子炉の利用による災害を防止し公共の安全を図るために、原子炉の設置及び運転等に関する必要な規制を行うこと等と定め、そして電気事業法は、人体被害を防止し安全を確保するための規制権限(技術基準適合命令)を国に付与したのである。換言すれば、まさに福島原発事故のような広範な地域に深刻な被害をもたらす重大事故を未然に防ぐために、法体系が組み立てられ、規制権限が経済産業大臣に付与されたのである。今般の最高裁判決は、規制法令の趣旨・目的の検討を一切行っておらず、これを踏まえて判断されるべき、原発の安全規制において考慮されるべき自然現象の信頼性の程度や重大事故の発生を防止すべき防護措置の確実性の程度についての判断をすべて回避してしまっている。

この判決(菅野博之裁判長ら3名の多数意見)に対しては、三浦守裁判官の反対意見がつぎのとおり鋭い批判をおこなっている。「多数意見は、法令の趣旨や解釈に何ら触れないまま、水密化等の措置の必要性や蓋然性を否定している。これは、長年にわたり重大な危険を看過してきた安全性評価の下で、関係者による適切な検討もなされなかった考え方をそのまま前提にするものであり、法令の解釈適用を踏まえた合理的な認識等についての考慮を欠くものといわざるを得ない」「本件長期評価を前提とする事態に即応し、保安院及び東京電力が法令に従って真摯な検討を行っていれば、適切な対応をとることができ、それによって本件事故を回避できた可能性が高い。本件地震や本件津波の規模等にとらわれて、問題を見失ってはならない」。まさに正鵠を射た批判である。とりわけ、多数意見が求められる防護措置について極めて限定的に捉えた点は、規制法令の趣旨・目的を忘れて弛緩していた保安院の姿勢を追認するものであり、法令の解釈適用としてもとうてい容認されないものである。

わたしたち公害弁連は、公害という構造的な人権侵害と50年におよんで格闘してきた。公害被害者たちは、自分たちの被害救済だけでなく、公害被害をくり返させないためにたたかってきた。数限りない怒りと悲しみの果てに、新たな被害を生まないよう公害根絶を求めてたたかってきたのである。ところが、最高裁は国民の生命・健康・生活環境の保護に背を向ける判断を示した。原発被害者だけでなく、過去のさまざまな公害被害者たちの公害防止の思いをも踏みにじるものといわねばならない。わたしたちは満腔の怒りをこめてこの最高裁判決を非難する。

6月17日の最高裁判決によって、福島原発事故に関する国の責任が免罪されたものではない。本件原発事故の根本原因は国の原発推進政策の誤りにあり、安全性を軽視してきた責任は厳しく問われる必要がある。国は、本件原発事故に対して社会的・政治的責任を負うことはもちろん、国の法的責任も決着がついたわけでは決してない。

この判決は、規制権限行使の本来の在り方から見て国の対応が適切であったかという、訴訟の中心的な争点についての判断を意図的に回避したものに過ぎず、下級審裁判所を拘束する「判例」の名に値しない。各地の原告団・弁護団が知恵をあつめて訴訟をたたかい、この判決をのりこえていくだろう。公害弁連もこの最高裁判決に断固抗議し、各地のたたかいと連携して全力を尽くす所存である。

2022年 7月 8日

全国公害弁護団連絡会議

代表委員 弁護士 中島 晃

代表委員 弁護士 馬奈木 昭雄

代表委員 弁護士 吉野 高幸

代表委員 弁護士 関島 保雄

代表委員 弁護士 西村 隆雄

代表委員 弁護士 村松 昭夫

代表委員 弁護士 中杉 喜代司

(以上)