有機フッ素化合物による水の汚染 弁護士白井劍
〈NHKニュースの報道〉
ことし2023年7月5日水曜のことだ。NHKテレビ午後7時のニュースが有機フッ素化合物PFAS(ピーファス)に言及した。アナウンサーは、「東京都は、有毒性が指摘されている化学物質PFASが含まれる泡消火剤がアメリカ軍横田基地で10年以上前に漏れ出たのが確認されたと国から連絡があったことを公表しました」と述べた。そして、こう続けた。「都は4日、北関東防衛局から『アメリカ軍横田基地内で、これまでに3件、PFASを含む泡消火剤が漏れ出たことを確認した』などと情報提供があったことを、5日公表しました」。
〈昨年2月にこのブログでも取り上げた〉
有機フッ素化合物による汚染は、以前にも当法律事務所のブログで紹介したことがある。2022年2月25日のブログ「米軍基地のダーク・ウォーターズ」である。お目通しいただければ幸いである。ジョン・ミッチェルという学者が米国情報自由法を駆使し、米軍横田基地内での過去の泡消火剤大量漏出を明らかにした。そのことを「環境と公害」2020年10月号を引用して紹介した。
〈健康への影響〉
代表的な有機フッ素化合物であるPFOS(ピーフォス)とPFOA(ピーフォア)は「残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約」でそれぞれ2009年と2019年に製造・使用を禁止されている。国際条約で製造・使用が禁止されたのは人体に有害と考えられているからだ。アメリカ環境保護庁(EPA)は有機フッ素化合物が引き起こす可能性のある健康影響として、「前立腺がん・精巣がんなど一部のがんのリスクの上昇」「妊娠高血圧症など生殖への影響」「コレステロール値の上昇」「低出生体重・骨の変異など子どもの発達への影響」「ワクチン反応など免疫力の低下」などを指摘している。
〈広範に拡がる水の汚染〉
有機フッ素化合物による水の汚染はすでに日本全国各地にみられる。化学メーカー工場が集まる首都圏や阪神地域で汚染が拡がっている。汚染の拡がりは米軍基地周辺でも顕著にみられる。沖縄県、東京都、神奈川県の米軍基地周辺では河川や地下水などから国の暫定的な目標値を超える値が検出されている。
〈東京都の地下水の汚染〉
京都大学の学者グループが多摩地区でおこなった健康調査では、検査参加者約650名の5割以上で血中の有機フッ素化合物濃度が米国で健康被害のおそれがあると定める指標を超えていたことが判明している。有機フッ素化合物についておこなった東京の水道給水栓(蛇口)の水質検査結果をみると、定量下限値を下回らない浄水所は多摩地区に多い。水が汚染されれば化学物質が毎日確実にひとの体内にはいる。飲むだけでなく煮炊きにつかうし、食材を洗ったりもする。長期間におよぶのだから、その影響は深刻である。多摩地区の水道は地下水からのくみ上げが多い。東京都は地下水の調査もおこなっている。国の暫定目標値を超えたのは、多摩地区では狛江、青梅、国立、立川、府中、調布、日野、国分寺、西東京、武蔵村山、武蔵野、23区では渋谷、文京、大田、練馬、世田谷などとされている。
〈「沈黙の春」が警告した地下水汚染の怖ろしさ〉
レイチェル・カーソンは1962年出版の有名な著書「沈黙の春」でつぎのように述べている。「汚染といえば放射能を考えるが、化学薬品は、放射能にまさるとも劣らぬ禍いをもたらし、万象そのもの―――生命の核そのものを変えようとしている。核実験で空中にまいあがったストロンチウム90は、やがて雨やほこりにまじって降下し、土壌に入り込み、草や穀物に付着し、そのうち人体の骨に入りこんで、その人間が死ぬまでついてまわる。だが、化学薬品もそれにまさるとも劣らぬ禍いをもたらすのだ。畑、森林、庭園にまきちらされた化学薬品は、放射能と同じようにいつまでも消え去らず、やがて生物の体内に入って、中毒と死の連鎖をひき起こしていく。また、こんな不思議なこともある―――土壌深くしみこんだ化学薬品は地下水によって遠く運ばれてゆき、やがて地表に姿をあらわすと、空気と日光の作用をうけ、新しく姿をかえて、植物を滅ぼし、家畜を病気にし、きれいな水と思って使っている人間のからだを知らぬまにむしばむ。アルベルト・シュバイツァーは言う―――《人間自身がつくり出した悪魔が、いつか手におえないべつのものに姿を変えてしまった》」(青樹簗一訳、新潮文庫)。地下水を汚染する有機フッ素化合物は、まさに人間自身がつくり出した悪魔である。
〈国と東京都は徹底した調査と汚染源の解明を〉
アメリカ軍は「基地の外へ流出したとは認識していない」と言う。東京都も、「有機フッ素化合物と米軍横田基地との関連はわかっていない」という立場だ。しかし、全国各地の米軍基地周辺で汚染が確認されている。基地が汚染源である可能性が極めて高い。もちろん化学工場が汚染源のケースもあるはずである。
たしかに、東京都は汚染が確認された井戸の取水を停止するなどの措置をとった。しかし、それで問題が解決したわけではない。「沈黙の春」が指摘するとおり、予想外の遠い場所に汚染が運ばれ、そこで深刻な被害を惹き起こす危険がある。汚染源を解明するために国と東京都は徹底した調査をせねばならない。調査を徹底させるためには、世論の盛り上がりを背景とした市民の監視が不可欠である。ひとりでも多くのかたに関心をもってほしいと願わずにいられない。(以上)