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一般住宅よりも地震に弱い日本の原発 弁護士白井劍

一般住宅よりも地震に弱い日本の原発  弁護士白井劍

〈2024年1月1日の能登半島地震〉

 元日は多くの日本人にとってのんびりと過ごす休日である。初もうでに行き、おせち料理とお雑煮を食べ、年賀状が配達される。2024年1月1日も夕刻まではそうだった。午後4時10分を境に一変した。最大震度7の巨大地震が能登半島を襲った。胸のつぶれる悲しいニュースがつぎつぎと飛び込んできた。

〈地震の揺れで壊れた志賀原発の変圧器〉

 被災したかたがたを心配しながらも、原発のことも気がかりでならなかった。林官房長官は地震発生当日の緊急記者会見で、北陸電力の志賀原子力発電所について当初、「現時点で異常なし」と言った。ところが、記者の質問に、変圧器で火災が発生したと述べた。そのうえで、すでに消火ずみと言い添えた。ところが、北陸電力はこれを否定する、火災の発生はなかったという発表をおこなった。もっとも、爆発音と焦げ臭いにおいがしたことやスプリンクラーが作動して水浸しになったこと、消防署に火災の通報をしたことを認めた。そのうえで、油の臭いを火災による焦げ臭さと誤認したと弁解した。北陸電力によれば、変圧器の接続部の配管に損傷を生じ、1号機は約3600リットル、2号機は約1万9800リットルの絶縁用油が漏れたという。発表は変転し、なにが真相なのかはいまだにわからない。

 間違いないことは、北陸電力の発表によっても、大量の油が漏れだすほどに変圧器が壊れたことである。地震で配管に亀裂が生じたのである。外部電源を受け容れるために不可欠の変圧器である。壊れれば、使用済み核燃料を冷却するための電源が絶たれる。重大で深刻な異常事態である。

〈冷却機能が失われれば放射性物質をまきちらす過酷事故にいたる〉

 原発は常時、冷却しつづけなければならない。そういう宿命の発電施設である。核分裂が生む高エネルギーを利用する発電だからである。原子炉を停止して核分裂が停止されても、それでも核燃料は膨大な熱量を発し続ける。崩壊熱と呼ばれる。冷却しつづけなければ、やがて崩壊熱のために、原子炉が熱的制御不能に陥る。そして、過酷事故、すなわち放射性物質を環境にまきちらす重大事故にいたる。福島第一原発事故のような事故である。過酷事故を防ぐことができるかどうかは、「冷却しつづけられるかどうか」というこの一点にかかっている。志賀原発の変圧器が地震の揺れで壊れ冷却機能の一部が失われたことを重大で深刻な異常事態と言ったのは、そういうわけである。

〈地震が多発する国〉

 珠洲にも原発が建設されようとしたが、住民の反対で阻止された経緯がある。仮に珠洲原発ができていれば、おそらく福島第一原発事故を上回る大惨事になっただろう。そう考えると背筋が凍る。日本は地震大国である。東日本大震災後の10年間で全世界のマグニチュード6.0以上の地震の2割近くが日本周辺で発生している。世界的にみて、突出して危険な地震大国である。冷却機能喪失による過酷事故の危険が常にあることを直視しなければならない。

〈強い地震が来るかどうかが争点になる原発差し止め訴訟〉

 電力会社と国は、原発は安全と言い続けている。安全と言うのだから地震に対する対策も万全だろうと思うかもしれない。でも、けっしてそうではない。原発の耐震性は驚くほどに脆弱である。そのことを、わたしは昨年ふたりの人から直接に聞いた。ひとりは元朝日新聞記者の磯村健太郎氏であり、もうひとりは元裁判官の樋口英明氏である。樋口氏が裁判官時代に担当した有名な裁判は関西電力大飯原発の差し止め訴訟である。2014年福井地裁判決は運転差し止めを認める、住民側勝訴の判決だった。そのときの裁判長である。樋口氏は審理開始当初、原発が強い地震に耐えられるかどうかの論争になると思っていた。ところが実際は、住民だけでなく電力会社も「原発は強い地震に耐えられない」ことを認めた。双方ともその点には争いがない。争いは強い地震が来るのかどうかにあった。電力会社は、「基準地震動を超える強い地震は起きない」と主張した。大飯原発の基準地震動は700ガルである(ガルは振動加速度の単位。加速度に質量を乗じたものが地震の力を示す)。じつは、地震大国の日本ではこれを超える地震は珍しくない。1995年阪神・淡路大震災では891ガルが観測されている。2007年能登半島地震では945ガル。2003年宮城県沖地震は1105ガル。2016年の熊本地震では1590ガル。2011年東日本大震災では2934ガル。2008年岩手・宮城内陸地震では4022ガルを記録しており、これが日本で最大の地震動とされている。2024年能登地震では2828ガルであった。「基準地震動を超える強い地震は起きない」などというのは根拠のない楽観論にすぎない(詳しくは、磯村健太郎・山口栄二共著「原発に挑んだ裁判官」朝日文庫を参照されたい)。

〈一般住宅よりも地震に弱い日本の原発〉

 大飯原発はとくに耐震性が低いのだろうとお思いかもしれない。でも、そうではない。国内の原発のなかでもっとも高い基準地震動を想定している原発でさえ2300ガルにすぎない(新潟県の柏崎刈羽原発)。これを超える地震は過去にいくつもある。

 さらに驚くべきことは一般住宅との比較である。大手住宅メーカーはどこも耐震性を追求している。原発に比べ、はるかに耐震性に優れている。たとえば、三井ホームは5115ガル、住友林業は3406ガルなどである。原発の耐震性は、一般住宅に劣るのである。耐震性に優れた住宅は居住者を地震からまもってくれる。耐震性に劣る原発は地震の際に過酷事故にいたる危険がある。過酷事故になれば周辺住民を危殆にさらし、「人の住めない広大な土地」をつくりだす。政府や電力会社が言う「原発は安全」の内実は「強い地震は来ない」という無責任な楽観論にすぎない。そんなものにわたしたちの将来をゆだねてしまってはならない。福島第一原発事故から13年近くが経ち世間の関心が薄らいできた。能登半島地震は原発のもつ深刻な危険性に目を向けさせてくれた。わたしたちは、もう一度その危険性に真摯に向き合うべきと思う。(以上)