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「医療事故被害者遺族の声を聞き、医療事故調査制度を考える」 弁護士 石川順子

「医療事故被害者遺族の声を聞き、医療事故調査制度を考える」
医療問題弁護団総会特別企画

2024年6月30日 弁護士 石川順子

 私は、「医療問題弁護団」に所属しています。「医療事故被害者の救済及び医療事故の再発防止のための諸活動を行い、これらの活動を通して医療における患者の権利を確立し、安全で良質な医療を実現すること」を目的として、1977年に設立された、東京を中心とする約250名の弁護士の任意団体です。詳しくは下記の医療問題弁護団のホームページをご覧ください。
https://www.iryo-bengo.com/

 昨日(2024年6月29日)、医療問題弁護団の年1回の総会が開催されました。総会では、毎年その時々の課題に応じて特別企画を開催します。今年は「医療事故被害者遺族の声を聞き、医療事故調査制度を考える」というテーマで、「医療過誤原告の会」(https://www.genkoku.net/)のおふたりの方からお話を伺いました。

 同会の幹事を務めている千葉さんは、お母さんが脊髄造影のCT検査で造影剤を間違えられ、多臓器不全で4時間後に亡くなるという医療事故に遭った経験を、事実経過にしたがって説明してくださいました。それに加えて、ご遺族がその事故によってどのような気持ちになり、またその後どのようにお心が変わっていったかを語ってくださいました。お母さんを返してほしいという願いが叶わないのであれば、遺族としては「せめてほかの人にはこのような思いをしてほしくない」という気持ちになる、そのためにはどうしたらいいのか、被害者遺族が動かなければ医療事故が起こる状況は変わらないのではないか、お母さんと同じような被害者を二度と出さないためにという一心で、相手方病院との示談において、「医療安全についての提言」を盛り込むことを求め、病院側もこれに応じました。
 その提言とは、概要
① お母さんが亡くなった日をメモリアルデーと定め、医療安全の研修や第三者を含むシンポジウムを開催し、ホームページで公表する。
② リスクマネージャー会議に外部委員を参加させる。
③ 病院が実施する医療事故防止の研修に被害者団体からも講師を招聘する。
というものでした。ただ、その後の実施状況は、①のみ実施されたにとどまっているとのことでした。この提言の実施の検証については、当初から依頼した弁護士(医療問題弁護団団員)とともに取り組んでいるとのことで、今後も上記提言の実現にむけて活動していきたいと語っておられました。

 医療過誤原告の会会長の宮脇さんからは、同会が、①医療被害者遺族の支援と交流、②医療事故の再発防止を目的としていることに関し、さまざまな具体的な活動内容を説明してくださいました。
 その中の大きな課題は、医療事故調査制度の改善を求める活動です。医療法にさだめる医療事故調査制度は、2015年から始まりました。当初、厚生労働省研究班は年間医療事故死者数を24,000人~48,000人と推計し、医療事故調査制度の創設時に想定された年間報告件数(医療に起因する死亡・死産で予期しなかったものをセンターに報告するもの)は1,300~2,000件でした。しかし、実際は想定を大きくしたまわる300件程度に推移している。このようなことがパワポで示されました。その原因として、報告するかどうかを患者が死亡した病院の院長が判断すること、遺族側からの報告は受け付けられないことなどが挙げられます。
 

 医療過誤原告の会では、会に相談した、医療事故と思われる経過で家族を亡くした遺族に対するアンケート調査を行ったとのことで、その結果が発表されました。それによりますと、医療事故に遭ったと思ったときに最初に相談したところは当該医療機関が最も多かったが、医療機関が医療事故調査制度による報告をしたのは58件中8件。そして、報告をしないという病院の判断に納得した人は、33人中2人だけ。31人という大多数は納得できない気持ちだった。アンケート回答者で、医療事故調査制度の最終的なセンター調査報告書を受け取った方は4名で「なぜ亡くなったのかがよく分かる内容」「検証作業での裏付けが明確になった」と「結果的に原因は不明だったが、第三者目線での確認ができた」「当該病院の医療国威について知ることができた」、4名全員がセンター調査が行われてよかったと回答したが、「結果論であるが、調査の土台が病院側からの資料(改ざん部分がある)だったので、遺族側の疑問をはらすことができなかった」との指摘もあった。このような内容でした。

 これらのアンケート結果をふまえ、宮脇さんは、医療過誤によって亡くなったのではないかと疑問を抱いた遺族の多くは最初に当該医療機関に相談しに行くのであるから、それを端緒として、医療機関の責任者がきちんとセンターに報告をして適正に調査がおこなわれ遺族に報告されるようにしてほしいとお話しされていました。
 医療問題弁護団でも、医療に起因する死亡事故について相談を受けた場合、対象考えられる事例は医療事故調査制度によるセンターへの報告を病院に求めることをお勧めし、病院への要望やその後のフォローも被害者代理人の活動として行っていくよう、団員に周知されているところです。

 医療過誤原告の会では、毎月1回都内の駅頭でビラを配り、医療事故調査制度の改善を求める署名をお願いする活動を行っており、その回数は147回になったとのことです。地道な活動に、頭が下がります。その甲斐あって、最近ではいろいろな方から、その活動について言葉をかけられることがあるそうです。(私もわずか3回ほどですが参加させていただいたことがありました。) 

また、宮脇さんからは、患者参加型医療の重要性についてもお話があり、腹腔鏡による肝臓手術で多数の死亡者を出した群馬大学医学部附属病院が、その反省にもとづき、現在では、カルテ開示や患者参加型の医療の推進に取り組んでおり、その一環として行われた病院見学ツアーと交流会に参加したときのエピソードが紹介されました。

 毎年9月17日の世界患者安全の日に、全国各地(日本看護協会ビル、東京都庁本庁舎、愛知県薬剤師会館、高崎白衣大観音、草津温泉湯畑、前橋市臨江閣、岡山大学病院ホール、愛媛大学医学部附属病院、熊本大学病院など)で、テーマカラーのオレンジ色でライトアップが行われており、今後もどんどん拡がってほしいという紹介もありました。

 私が初めて医療事件に接したのは、司法修習生の弁護修習のとき(1984年、今から40年も前)のことです。そのころは、カルテ開示制度などなく、医療事故で損害賠償を行おうとしたら、ほとんど全件で裁判所による証拠保全が必要でした。また、医療事故調査制度なども全くなく、病院で亡くなって事故が疑われるときでも、刑事事件にならない限り、事故原因の究明は容易ではありませんでした。それに比べれば、この40年間の医療事故被害者と被害者に寄り添ってさまざまな活動を続けてきた人々の努力により、カルテ開示制度や死亡事故については医療事故調査制度ができました。ただ、不十分な点は多々あります。原因究明と再発防止策がとられなければ、医療事故を減らすことができない、このような思いを他の人にはさせたくない、という被害者遺族の願い、医療事故防止の視点をも常に念頭に置いて仕事をしていかなければならないと、あらためて胸に刻んだ特別企画でした。

以上