「請求の認諾」 弁護士藤田陽子
2021年12月15日、いわゆる財務省の公文書改ざん事件で命を絶った近畿財務局の赤木俊夫さんの妻である雅子さんが、国と佐川宣寿元財務省理財局長を訴えた裁判で、国が請求の認諾手続をとったというニュースが大きく取り上げられました。
請求の認諾とは―(あまりなじみがありませんが)裁判において被告が、原告の請求に理由があると認める陳述を行うことを指します。
請求の認諾が口頭弁論調書に記載されると、調書の記載は確定判決と同一の効力を持ちます(民事訴訟法第267条)。
被告が請求の認諾をすると、裁判は強制的に終了してしまいます。そのため、それ以上の手続を進めることはできなくなります。
赤木さんの裁判では、真実を知るために、上司らの証人尋問を求めていたそうです。しかし、国による請求の認諾によって、そのような手続が何ひとつ行われないまま、裁判は終了してしまいました。「なぜ夫が死ななければならなかったのか」という真実は、裁判で解明されませんでした。
裁判が請求の認諾で終了することは、めったにありません。
令和2年の司法統計によれば、全国の地方裁判所で終了した事件122,749件のうち、請求の認諾により終了した事件数は369件(約0.3%)、その中でも金銭を目的とする訴えは176件(約0.14%)、医療行為による損害賠償はわずか1件(0.0008%)でした。
このめったにない請求の認諾ですが、私が代理人を務めた医療事件で過去に被告が請求の認諾をしたことがありました。
その事件は、あるご年配の方が美容外科を受診し、シワを取るための注射数本に対し、何百万円という高額な費用を支払わされたというものでした。
その美容外科は、広告に50代~70代の女性をモデルとしてつかい、注射で簡単にシワが伸びるとうたっており、その年代の方をターゲットにしているようでした。
どのような施術が行われたのか確認するため、カルテを開示してもらうようご本人にお願いしましたが、その医療機関は拒否する姿勢でした。また、開設者に内容証明郵便を送り対応を求めましたが、誠実に対応する姿勢はみられませんでした。そのため、様々な状況を検討した結果、事前に確認できる可能な限りの証拠を収集した上で、さらなる詳細は、裁判の中で経過を明らかにすべく、訴訟提起することにしました。
原告の女性は、もちろん損害賠償による経済的な被害回復を望んでいましたが、それに加えて、裁判の中で、どのような薬が注射されたのかが明らかになり、その後に健康被害が起きる可能性があるのかなど知ることも訴訟の目的としていました。
しかし、第1回の弁論期日において、被告である医師の代理人弁護士は、請求を認諾すると言ったのです。それは、原告が請求した何百万円という金額を満額支払うということです。
裁判所も、被告が請求の認諾をしたので、これ以上は手続を進められないため終了する旨を告げ、あっけなく裁判は終了してしまいました。
上記の統計でも分かるとおり、特に医療事件で請求を認諾するということはほとんどありません。裁判の中で双方が主張立証をするうちに、事実経過などが明らかになっていくことを期待していたのですが、結局、原告が求めていた真実の解明が図られることはなく、裁判は終了してしまいました。
弁護士としては、裁判で勝ったことには間違いないのですが、請求の認諾を行って真実を明らかにしなかった被告に対しては、逃げられたという残念な気持ちも残りました。請求額を全額支払えば、真実を明らかにするための手続を阻止することができることになるのです。被告が真実を明らかにしなかったということは、本当は、請求された金額を全額支払ってまでして隠したい真実があったのではないかと疑ってしまいます。
原告は、注射の内容はわからないままです。
赤木さんの件についても同様に、国が認諾するという行為により、雅子さんが知りたかった真実が明らかにならないまま終了してしまいました。そこには公文書の改ざんなど国が隠したかった真実があったことを疑ってしまいます。
本来、請求の認諾は、原告の請求額を全て被告が支払うことを認め原告が勝つことを意味するのであり、原告にとって利益となるはずのものです。
しかし、民事訴訟では、真実を知るという目的であっても金銭を請求する形でしか裁判を起こせません。赤木さんの事件の場合、認諾をさせないために設定したという1億円を超える請求金額が、真実を知る手続を不能にさせる認諾により税金から支払われることになります。国民が納得しているとは思えません。これにより、結果的に真実は隠されたままとなり、原告のためにという請求の認諾の形を取りながら、もし国が真実ないし不正を隠すために用いたとすれば大きな問題といわざるを得ません。(以上)