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放射能汚染魚が全国ニュースにならない理由 弁護士白井劍

放射能汚染魚が全国ニュースにならない理由 弁護士白井劍

                                  

〈放射能汚染魚の水揚げ〉

 ことし2023年2月7日のことである。福島県漁連は放射能汚染魚が見つかったと公表した。具体的には、その日に水揚げされたスズキからセシウム137が1キロ当たり85.5ベクレル検出された。県漁連は、「当面は出荷を自粛する」と発表した。国が設けている基準は100ベクレルである。その基準には達していない。しかし、国の基準設定は甘すぎる。そこで、県漁連は消費者の安全をまもる立場から、より厳しい基準を自主的に設定している(50ベクレル)。その基準を大きくこえる放射能汚染魚がみつかったのである。2011年3月の東京電力福島第一原発事故から12年が経つ。12年の歳月は人にとってあまりに長い。しかし、セシウム137の半減期は30年である。原発事故で深刻なダメージをうけた海洋環境の回復にはほど遠い状態にある。

 

〈なぜ全国ニュースにしなかったのだろう〉

 汚染されたスズキと県漁連の出荷自粛は、NHK福島放送局がこれを報じた。ただし、当日夕刻のローカルニュースだった。NHKの全国ニュースでは報道されなかった。なぜだろう。なぜ全国ニュースにしなかったのだろう。全国に流すだけのニュース価値がないと判断したのかもしれない。そうだとすれば、その判断には疑問がある。ことは食の安全性にかかわる問題である。食の安全性には多くの国民が関心を寄せる。しかも、政府はこの春から夏にかけて、処理ずみ放射能汚染水を海洋放出する方針を決めている。いまでも汚染魚が捕獲されることがある。その海洋に大量の処理ずみ汚染水を放出し続けることが適切な処置であるのかどうか。そのことも多くの国民の関心事のはずである。海洋放出は国内だけの関心事ではない。国際的にも関心を集めている。今月(4月)16日、先進7カ国(G7)気候・エネルギー・環境相会合後の記者会見でドイツのレムケ環境相が、福島第一原発の処理ずみ汚染水の海洋放出について、「放出を歓迎することはできない」と述べた。西村康稔経済産業相の発言に反発してそう述べたと伝えられている。

 

〈放射性物質は集中管理が原則〉

 そもそも東京電力福島第一原発の放射能汚染水を海洋放出するという政府方針が間違っていた。そのことは一昨年2021年4月23日の弁護士ブログにも書いた。かつて地球環境は汚染を無尽蔵に吸収するほど広大であると信じられていた。このくらいなら大丈夫という安易さの積み重ねが、こんにち人類の危機というべき事態を招いている。地球温暖化もプラスチックごみの海洋汚染も、地球環境がじつは傷つきやすく脆いことを示している。福島第一原発から放出される放射性核種の中には、数千年、数万年の寿命をもつものもある。取り返しのつかない事態を引き起こしかねない。放射性物質は集中管理が原則である。環境中に拡散させるべきではない。それは地球環境をいっそう破壊することになる。いまなすべきことは海洋放出を進めることではない。そうではなく、汚染水の陸上保管を続けながら、放射能除去技術の開発を急ぐことである。

 

〈忖度ではないのか〉

 と、ここまで書いてきて、思い当たった。国民的あるいは国際的関心事だからこそ全国ニュースにならなかったのではないか。それは政府の意向を忖度した結果なのではないのか。政府方針による海洋放出が間近に迫っている。ただでさえ海洋放出に反対する声は根強い。多くの市民が海洋放出に反対しつづけている。隣国の中国も韓国も海洋放出には強く反発している。このタイミングで放射能汚染魚水揚げのニュースを全国放送することはいかにもまずい。国内世論に火をつけ、海外の反発をいっそう招くことになりかねない。ローカル限定のニュースでおさめておこう。そういう忖度が働いたのかもしれない。しかし、事実を国民に知らせないようにして政府方針を貫くことはまともなやり方ではない。まずは事実を広く国民に伝えることが大事である。(以上)