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電動キックボードに関する法改正について 弁護士藤田陽子

電動キックボードに関する法改正について 弁護士藤田陽子

先日、歩道を歩いていると、前方より携帯電話で話をしながら電動キックボードに乗った人が通り過ぎていきました。ヘルメットはかぶっていませんでした。
電動キックボードについては、法改正が話題となっていますが、歩道を走行することや携帯電話の使用は認められていないはずと、これを契機に近時の法改正について調べてみました。

2023年2月現在、電動キックボードは、道路交通法上の原動機付自転車または普通自動二輪車などに該当し(定格出力により異なる)、運転免許の取得が必要、ナンバープレートの設置、ヘルメットの着用義務があります。
原則として歩道は走行できませんし、走行中の携帯電話の使用もできません。
そうすると、私が目撃した電動キックボードに乗っていた方は、上記道路交通法の規定に照らせば、ヘルメット着用義務違反、車道走行義務違反、携帯電話不使用義務違反ということになりそうです(なお、新事業特例制度のもとではヘルメット着用は任意)。

ところで、電動キックボードは、電気の力だけで走行できるため、ガソリン車と比べると環境に優しく、折りたたみができるなど取扱が簡便な乗り物です。
アメリカでは次世代の交通サービスとして129の都市で電動キックボードのシェアリングサービスが普及しており、市民の町中での新しい移動手段になっています。ドイツの87都市、ポーランドの44都市、イギリスの35都市、イタリアの28都市がこれに続きます。日本は2都市です(2021年9月時点)。
日本でも普及させていくにあたっては、新しく法改正を行って規制を適正なものにすることが望ましいとのことで、有識者会議で検討が行われました。
電動キックボードに関しては、主に、ヘルメット着用義務の要否、原動機付自転車免許の要否、走行場所の拡大について議論されました。
議論の内容の一部を見てみると、
【ヘルメットの着用について】
・自転車ではヘルメットの着用により事故死亡率が半減するというデータがあるから、電動キックボードはヘルメットの装着は必須である。
・ヘルメットの着用義務がシェアリング事業の普及の障害となっているから、ヘルメット装着は義務化すべきでない。
【歩道走行について】
・現状でも、ルールを無視する自転車により歩行者が危険な目に遭っているから、電動キックボードの歩道走行には反対である。
・直ちには困難であるとしても、速度帯ごとに通行帯を分けるのが理想的である。
【運転免許制度について】
・子どもたちが勝手に乗り回すのは危険であり、免許制度は必須である。
・自転車と同等にすべきである。
【その他】
・歩道走行するのであれば、交通ルールの徹底が必要。保険加入の義務化も考えられる。
・出力が大きくなると車両重量が重くなり、加速度も増すので、定格出力の上限を設けるべきである。

有識者会議での検討の結果、電動キックボードについては、原動機を用いて運転する点で自転車と異なるものの、最高速度が自転車程度に抑えられ、大きさも自転車程度に抑えられているものも実用化されているとのことで、法規制を少し緩めて、自転車に近い規制にするという方向で議論がなされていきました。
事業者側のメリットを重視した形です。

有識者会議での検討結果を受け、2022年4月、道路交通法が改正され、
・電動キックボードについては「特定小型原動機付自転車」というあたらしいカテゴリーに該当
・16歳以上であれば免許不要(16歳未満は運転不可)
・ヘルメット着用義務は努力義務
・車道の外に自転車通行レーン、路側帯(条件付き)の走行も可能
・最高速度を内閣府令で定める速度(6km/hの予定)までに切り替える機能を車両に備えるなど一定の要件を満たせば、歩道の走行も可能
となりました(改正道路交通法は2024年4月までに施行)。

さらに、警察庁は、2023年1月19日、「道路交通法施行令の一部を改正する政令案」を発表し(2023年7月1日施行予定)、パブリックコメントを募集しています。
政令案では、改正道路交通法に規定されているもののほか
・長さ190cm、幅60cm以下
・モーターの定格出力が0.6kW以下
・最高速度時速20km/h以下
・最高速度を複数設定できる場合、走行中に設定を変更できないこと
・クラッチ操作が不要な機構であること
・道路運送車両の保安基準に規定する最高速度表示灯(最高速度の設定に応じて点灯・点滅が切り替わるもの)を備えていること
・原則車道走行であるが、時速6km以下で最高速度表示灯を点滅すれば、自転車通行可の歩道を走行できること
とされています。

確かに改正道路交通法施行後は、通勤、通学等に便利な魅力的な乗り物になると想像され、今まで以上に電動キックボードを見かける機会が増えそうです。
しかし、電動キックボードは原動機を用いて運転する点で自転車と比較して事故のリスクは大きいといえます。
海外では事故の増加が問題となっているようで、英国運輸省(DfT)が発表した2021年の調査結果によると、電動キックボードによる事故の年間死傷者数は1434人で、そのうち10人が死亡、重傷者は421人、軽傷者が1003人と、2020年の統計(死亡1人、重傷者128人、軽傷者355人)から大幅に増加し、規制強化を求める声があがっています。
フランスでも事故の増加や不適切な駐輪が問題視されており、交通相が全国レベルで規制強化に取り組む考えを示す動きがありました。
日本で規制を緩和し、電動キックボードを普及させる方向で議論が進められていることは、海外の動きと逆行するもののように思われます。
警察庁によると、電動キックボード利用者の道交法違反容疑などでの摘発が、2021年9月から2022年11月までに1639件、うち人身事故は14都府県で69件あり、1人死亡、70人が負傷しました。歩道走行などの通行区分が930件、信号無視335件、一時不停止126件とのことです。
事故が多発した後になってから議論をするよりも、今の段階で、日本よりも先に議論が進んでいる海外の状況も踏まえ、電動キックボードの普及についてより慎重に議論を行う必要があります。早急な規制緩和への法改正には疑問が残るところです。