ブログ一覧

「原発事故は起こらない」ことにしてしまった国の責任 弁護士白井劍

「原発事故は起こらない」ことにしてしまった国の責任 弁護士白井劍

 

福島第一原発事故は「天災」が惹き起こした不可避の事故ではありません。国の安全規制が適切であれば回避できた「人災」です。ところが、昨年6月17日の最高裁判決は国の責任を認めませんでした。国が規制権限を行使したとしても津波による浸水は避けられなかったと言うのです。しかし、どの程度の津波がどちらの方角から来るかが「想定外」だったからといって、国に責任がないというのはおかしな話です。そもそも、国は原子力安全神話をふりまき、国策として原発を推進してきたのです。福島第一原発事故の責任が国にないということになれば、将来にわたって、原発の安全規制は骨抜きになってしまうでしょう。

仮に最高裁に従って津波を防げなかったとすれば、それよりももっと以前の段階が問題になるはずです。具体的には「原発事故は起こらない」ことにしてしまった、国の2つの「作為」です。1つ目は、原子力安全委員会が1990年8月30日、安全設計審査指針を策定し、「原子炉施設は、短時間の全交流動力電源喪失に対して、原子炉を安全に停止し、かつ、停止後の冷却を確保できる設計であること」と定め、「長期間にわたる全交流動力電源喪失は、送電線の復旧又は非常用交流電源設備の修復が期待できるので考慮する必要はない」としたことです。2つ目は、原子力安全委員会が1992年5月28日過酷事故(シビアアクシデント)対策を規制対象からはずす決定をおこなったことです。この決定文書は、「我が国の原子炉施設の安全性は(中略)多重防護の思想に基づき厳格な安全確保対策を行うことによって十分確保されている(中略)。シビアアクシデントは工学的には現実に起こるとは考えられないほど発生の可能性は十分小さい」と述べ、過酷事故対策は電力会社の自主規制に委ねることにして、国の規制対象からはずすと決定したのです。

2023年1月19日福島原発事故津島訴訟控訴審第2回期日が仙台高裁で開かれました。その法廷で私がおこなった弁論を以下にご紹介します。7分の制限時間でおこなった弁論です。ただし、ブログ用に冒頭を省略したうえで少し加筆しました。

仮に最高裁判決の判断を前提としても、だからといって国の責任がなくなるわけではありません。国の責任には別の側面があります。「津波による浸水を回避できたか」とは、まったく別個の議論です。

国会事故調査報告書(甲B第1号証502頁)は、つぎのように述べています。「エネルギー資源の乏しいわが国の国策として原子力利用の推進がまず先にあって、推進のために国民と立地自治体に対して『安全の説明』が必要であるという文脈で規制が形作られてきた歴史的経緯がある」。国策としての原発推進が最優先とされて、国民の生命・健康・財産をまもるための安全規制は、原発推進を阻害しない限度に抑えられてきました。

原発推進を偏重する政策のもとで国が「長時間の全電源喪失」は「起こりえない」とする指針策定と、「過酷事故」も「起こりえない」とする決定をおこないました。1990年と92年のことです。

スリーマイルとチェルノブイリを契機に欧米各国では原発安全規制が急速に強化されました。日本だけが例外でした。全電源喪失も過酷事故も「起こらない」ことになっていたからです。

原発は核分裂反応を利用した発電です。運転を停止したのちも核燃料は膨大な熱を発し続けます。いわゆる崩壊熱です。冷却し続けなければ、原子炉はこの崩壊熱によって壊れてしまいます。冷却機能を失えば原子炉は破損し大量の放射性物質を放出する過酷事故にいたります。福島第一原発事故は、まさにそのような経緯で発生しました。けっして津波が原発施設を物理的に破壊して事故を起こしたのではありません。そうではなく、津波のために配電設備が水没して、電源供給ができなくなり、崩壊熱を冷却できなくなったので事故が起きたのです。たとえ大津波がきても冷却機能を維持し、あるいは早期にとり戻す対策があらかじめとられていれば過酷事故を回避することができます。逆に、そのような対策がなければ過酷事故まで一気に進んでしまいます。

強調したいことは、全電源喪失と冷却機能喪失にいたる原因は大地震や大津波に限られない、ということです。とくに重要なのは配電機能です。たとえ電源の一部が生き残っても配電機能が全滅してしまえば、電源供給は失われます。福島第一原発では多重性を考慮して配電機能は2つの系統がありました。ところが、2つの系統が互いに区画されることなく近接して配置され、しかも地下に集中していました。津波だけでなく大規模な火災でも、あるいは大規模な集中豪雨でも、さらにはテロの攻撃でも、すべての電源を失う事態が起こりうる、そういう脆弱性を抱えていたのです。

原子炉は核分裂反応によって生じる放射性物質を大量に内包しています。重大な炉心損傷になれば大量の放射性物質が放出される過酷事故にいたる、原理的・構造的な壊滅的危険性が原発にはあります。万が一にもそのような事態を招かないよう、「全電源の喪失」と「過酷事故」のいずれについても「起こりうる」という前提にたって、その対策をとることが不可欠でありました。ところが、原子力安全委員会は、長時間の全電源喪失も過酷事故も「起こりえない」として、対策をとることを妨げる「作為」をおこないました。90年に長時間の全交流電源喪失を考慮しなくてよいとする指針を策定し、92年に過酷事故を規制対象からはずす決定文書を出した、この2つの「作為」です。

ではなぜ、そのような「作為」をおこなったのか。それは、冒頭に述べた国会事故調が指摘するとおり、「国策として原子力利用の推進がまず先にあって、推進のために国民と立地自治体に対して『安全の説明』が必要であるという文脈で規制が形作られてきた」からです。1990年の指針策定については、その翌年から3年間、見直しが検討されました。しかし、指針を変更しませんでした。驚くべきことに、その際原子力安全委員会は東京電力と関西電力に「今後も長時間の全電源喪失を考えなくてよい理由を作文してください」と指示したのです。1992年の決定については2007年にIAEA(国際原子力機関)からシビアアクシデント対策を求められた際にも、やはり変更しませんでした。その当時の原子力安全・保安委員会の委員長が電事連との会合で「既存炉が到達できないことを要求するつもりはない。お互い、訴訟リスクを考慮に入れて慎重に考えていきたい」と述べたことが記録に残っています。

90年の指針策定と92年の決定の2つの「作為」こそ、運命を左右するターニングポイントでした。そのせいで長時間の全電源喪失も過酷事故も「起こりえない」ことになりました。これらに対する対策をとらずに原発が運用されました。これでは過酷事故に至るのは必定です。津波による浸水を回避できたかどうかの議論を別としても、国の責任は明らかというべきです。

以上