ブログ一覧

逆転無罪 弁護士白井劍【第2回(連続5回)】

逆転無罪 弁護士白井劍【第2回(連続5回)】

 

【登場人物】

Kさん:被告人。起訴前から岡村弁護士に依頼している。グロリアの所有者。

A:Kさんの知り合いの暴力団幹部。Kさんからグロリアを借りた。

B:Kさんの内妻。

Cさん:Kさんの友人。事件時、Kさんとともに別の場所にいた。

 

〈3人の目撃証人〉

一審の公判廷は全部で27回に及んだ。岡村弁護士が無罪を主張して全面的に検察と対決して懸命にたたかい続けたからだ。

検察側は3名の証人を繰り出してきた。5月7日深夜にパトカーでカーチェイスを演じた警察官2名が出頭して証言した。タクシーを破損された運転手も出頭して証言した。検察側証人は3名とも法廷で、自分が目撃した犯人はKさんに間違いないと断定した。

検察側の主張を支える唯一の証拠は、この3名の目撃証言である。3名とも異口同音に自動車の運転席にKさんを見たと断定した。しかし、深夜の暗い路上でフロントガラス越しに見ただけである。はっきりと見えるはずはない。まして、フロントガラス以外の窓のすべてに遮光フィルムが貼られている。当然に車内は暗くなる。目撃できたとはとうてい思えない。しかも、3名の証言は、捜査段階と法廷とで変遷しており、細部では相互に矛盾していた。目撃証言に信用性はないと岡村弁護士は強調した。

 

〈主要争点のひとつは指紋〉

弁護側が提示した主要争点のひとつは指紋だった。岡村弁護士は、高名な法医学の専門家である日大医学部の押田茂實教授(当時、現在は名誉教授)のもとに足しげく通った。押田教授の知恵を借り、検察側の矛盾を突いた。そして、グロリアの指紋採取にあたった警視庁鑑識課職員の尋問を申請した。職員は、岡村弁護士の質問に対し、「指紋が検出されない理由としては、触っていないからというのが可能性としては一番高い」と証言した。

 

〈アリバイ証人〉

岡村弁護士が提示したもう一つの主要争点はアリバイだった。Cさんの証人申請をおこなった。Cさんが法廷に出頭した。5月7日深夜はKさんとその内妻と3人でいっしょにいたこと、8日の昼間にその3人がAと面談したことをCさんは証言した。

さらに、事件2日前の5月5日に問題のグロリアをAが運転するのを見たという目撃証人Dさんも見つかった。Dさんは、Kさんの友人だった。Dさんも法廷で証言した。

Aの尋問申請をしたいと岡村弁護士は考えた。しかし、その当時Aは覚せい剤取締法違反の疑いで捜査対象になっていた。逃走中のために行方不明だった。

Kさんのアリバイを知っているのはCさんだけでない。内妻のBも当然に知っている。しかし、BはKさんのアリバイを否定する供述を警察でおこなっていた。そもそもグロリアをKさんがAに貸したことはない、すくなくとも自分は知らない、7日の深夜にKさんやCさんといっしょではなかったなどと供述していた。全面的にKさんやCさんの供述と矛盾していた。その供述調書が検察側から出てきた。理由はわからないが、BはKさんを裏切ってAに有利な供述をしている。Aの影響の下にあると考えるほかない。Bの尋問申請は断念した。

 

〈東京地裁での有罪判決〉

東京地裁は、1998年3月18日、懲役2年の有罪実刑判決を言い渡した。判決理由は説得力に欠けていた。

まず、判決は検察側の3人の証人の目撃状況は良好と断定した。しかし、その唯一の根拠は、浅草署がおこなった、犯行時と同じ程度の明るさのもとで新聞を読むことができたという報告書だけだった。そのうえで判決は、証言に変遷はあるものの「重要部分で一致している」として目撃証言の信用性を肯定した。

弁護側のアリバイ証人について判決は、「信用できない」と切って捨てた。その根拠には、内妻Bの供述調書が使われた。アリバイ証言は、被告人の内妻Bの供述と矛盾する。だから信用できないというのである。

さらに判決は、指紋について、「同じ個所を何度も触れて指紋の流線がだぶってしまう場合などは指紋は検出されない。指紋で個人を判別するには特徴点が12点なければならないが、グロリアのハンドルから検出されたAの指紋以外の指紋はその条件を満たさなかったので対照不能となった」だけのことであって、Kさんの指紋が検出されなくとも、Kさんが犯人であることと矛盾しない、と判決は述べた。

また、5月5日にAが運転しているのを見たDさんの証言について判決は、それが事実であるとしても、その後にKさんがAから返還をうけている可能性もあるからとして、これも矛盾はしないとした。

あたかも型枠にはめこむかのような、結論ありきの判決だった。

 

〈地裁有罪判決をうけて〉

1審の刑事弁護は1審判決とともに終了する。でも、Kさんは控訴して控訴審も岡村弁護士に依頼したいと述べた。このままでは悔しいと涙を流した。逮捕時には数名の刑事に囲まれて理不尽な暴行を加えられた。人として扱われなかった。そして裁判でも、裁判所は真正面から向き合った判断をしてくれはしなかった。ぜひ引き受けてもらいたいとかれは語った。

岡村弁護士は、Kさんの思いを受けとめた。そして、このまま引きさがることはできないと思った。どうしても納得できなかった。自分が提起した問題を裁判所が真正面から受け止めていないと思うと、悔しくてならなかった。とはいえ、Kさんにはお金がない。内妻BがKさんと対立していることが明らかになった今、彼女に負担してもらうことはできない。控訴審の弁護を引きうけるとすれば手弁当になる。それでも、岡村弁護士は控訴審の弁護人になることを決意した。

(以上、第2回。次回は1週間後掲載)