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「虎に翼」によせて(その1)     弁護士 石川順子

「虎に翼」によせて(その1)                弁護士 石川順子

2024.4.10

 新年度前半のNHK朝ドラ「虎に翼」が始まって、今日までに8回放送された。日本初の女性弁護士のひとり、女性で2番目に裁判官になった三淵嘉子さんをモデルにしたドラマだ。
私が約50年前に高校生だったとき、家庭裁判所所長だった三淵さんが学校にこられて講演をきく機会があった。そんな縁もあって、始まるのを心待ちにしていた。脚本にいろいろなことがちりばめられていて納得感が心地よく、演出もテンポよく絶妙で、三淵さん(役名猪爪寅子)役の伊藤沙莉さんの演技も冴えていて、毎回お腹を抱えて笑ってしまうシーンがあり、朝の元気の源である。
今日の場面はとりわけ興味深かったので、さっそくここに書かせて頂くことにした(ネタバレあり)。

 寅子はあるきっかけで初めて裁判の傍聴をすることになる。原告は妻、被告は夫。妻は夫と別居して実家にいる。当時の明治民法に第801条第1項「夫は妻の財産を管理す」、第2項「夫が妻の財産を管理することあたわざるときは妻自らこれを管理す」、平たくいうと「妻の財産は夫が管理する」「夫が管理できないときは妻が自分で管理する」と決められている。そのもとで、妻が夫に対し、夫の家においてきた母の形見の着物と花嫁道具の返還を請求している裁判である。果たしてこれが認められるのか。
そこで、ドラマの中の台詞から、この夫婦の状況を拾い出してみた。

7年前に結婚。妻は夫から日常的にひどい暴力を受け、耐えかねて実家に逃げ帰る。妻から夫に離婚裁判を起こし、一審で離婚を認める判決を得るが夫が控訴している。そんななか、妻から夫に対し、結婚の際に夫の家に持っていった祖母の着物(母の形見)と花嫁道具(以下「本件物品」という)の返還を求める訴訟を別途起こしていた。夫の弁護士は、夫が控訴したのはこれまでの自らの行いを改めて夫婦生活を続けたいという気持ちの現れだと述べ(つまり、日常的暴行の事実は認めている。しかし、法廷にいる夫はふてぶてしい態度)、母の形見である着物については、「少々くたびれてどうしても取り戻したいものには見えない」などと言っている。それに対し、妻は祖母や母など家族の幸せの思い出そのものとして大切だと主張した。

寅子が帰宅後、猪爪家の書生で司法試験浪人の優三(仲野太賀)に対して本件物品を取り戻せない理不尽を訴えると、優三は、「法律上、妻は結婚した時点で夫の管理下におかれている。」「結婚したら、妻は社会的無能力者となるため、夫は妻を庇護する義務がある」と寅子に教科書を読み聞かせるように話す。

寅子は女子部の教室でその事例を紹介し、穂高教授に、本件物品を取り返すことは、本当にできないのかと質問する。穂高教授は女子部の学生たちに、「法廷には正解というものはない」「君たちならどう弁護するか、どんな判決が出ると思うか、考えてみるというのはどうだろう」と投げかけた。

皆さんはどう考えられるだろうか。
ドラマの中には出ていなかったが、当時の明治民法第807条でも、妻が婚姻前から所有していたものと、婚姻中妻の名において取得したものは特有財産(妻自身の所有物)とされている。いくら家を守る役目は男の戸主(例外的に女戸主も認められていたが)だとはいっても、妻が以前から所有していて結婚する際に持ってきたものの所有権まで奪われてはいなかった。ただし、婚姻中は夫が管理するというのが、明治民法第801条に決められていたわけである。

以上を前提とすると、この裁判で妻が返還を求めている本件物品は、妻の所有物ではあるが、まだ法的には離婚できていない本件夫婦の場合に、夫に管理権があるのかないのかが争点ということになる。明治民法第801条の条文を文言どおりに読むと難しそうにみえる。

夫は妻に本件物品を引き渡せという判決を勝ち取るためには、妻の代理人弁護士としてどのような主張をするか、明治民法のもとにおいても返還を認めさせる法的な理屈を立てられるか。あるいは、裁判官がどのような法的な理屈でどのような判決を出すと予想されるのか。これが、穂高教授からの宿題である。

裁判で結論を出すときに、法律の「解釈」をすることがある。法律の文言の意味をどう理解するのかということである。もともと法律を定めるときには、必ず目的が存在する。どのような状況に対して何をどのように解決するのかにかかわる目的である。ある法的な争いの解決のためにその法律を適用することができるかどうか。これを判断する際に、考慮すべきものが立法の目的、いわゆる立法趣旨である。
当時の民法はいわゆる明治民法であり、男性優位で、男性が「家」制度を守り、妻を庇護するという考え方の上で制定されている。それがひとつのポイントである。それ以外に、どのようなことを考慮するか、それにより解釈の仕方にバラエティが生じる。同じ事例について出される結論が、複数生じることがあるのはそのためである。

本件で具体的に考えた場合、第801条第1項の、夫が管理する「妻の財産」の範囲を限定的に考える、つまり、第801条のいう「妻の財産」とは、衣類から身の回りの品々までを含む妻の財産すべてではなく、一定の財産に限られると考えることは、「妻の財産」の縮小解釈である。このような主張も理論的には可能である。これを根拠に、本件物品は第801条の「妻の財産」に含まれないと主張する。それが認められるなら、夫が管理するべき財産から外れて返還させることができる。
また、第801条第2項で、本件は「夫が管理することができないとき」にあたるといえれば、妻は自分で管理することができることになる。通常「夫が管理することができないとき」に当たるといえるのは、病気によって意思表示や行動が難しく能力的に管理行為ができない場合などであろう。本件では、そのような問題はなさそうである。それで終わってしまえば、返還させることができない。

第801条第2項は、財産を適切に管理することを当然の前提としているはずである。いい加減な管理では「家」を守れない。夫の能力だけではなく、心理・感情面や物理的な管理可能性等の場合も、「夫が管理することができないとき」に該当すると理解できる余地があるのではないか。それは拡張解釈の主張となる。それが認められるなら、妻は自らこれを管理することができるのだから返還させることができることになる。

本件で縮小解釈や拡張解釈を行うとしたら、その根拠をどこに求めるか。私は、以下の各点ごとに、自らの判断を述べて解釈の正当性を主張してはどうかと考えてみた。

私が考える解釈のポイント(当時の状況を想定した私個人の見解)は、
① 801条の立法趣旨、すなわち夫が妻の財産を管理することとした目的は何か。家制度の下、「家」が安定的に続くよう家の存続にかかわるような、例えば預金、有価証券、不動産、貴金属などの重要な財産を戸主が一元的に管理する一環であり、これにより社会的無能力者である妻を庇護することではないか。
② 801条が前提とする「夫と妻」、「家」とはどのようなものか。
夫の日常的暴力によって妻が実家に逃げ帰って別居し、夫婦の実態がなくなり、1審で離婚を認める判決が出ていて控訴審が続いている場合に、「夫婦」、「家」の実態がなくなっているのに、結婚前から妻の所有物である本件物品を夫が持ち続けることによって存続を確保すべき「家」があるのか。
③ 801条が想定する財産とは何か。
ア ①で「重要な財産」と述べたことをうけて
個人的な思いを別にして、「少々くたびれてどうしても取り戻したいものには見えない」もの、妻の嫁入り道具、つまり別居中で離婚判決が予想される妻の着物等の衣服や身の回りの生活道具とそれらを収納する家具は、いずれも別居中の妻の所有物であること、それらは、家の存続にかかわるというような意味での重要性があるか。
イ ①で「妻を庇護」する目的について述べたことをうけて
優三が述べていた、夫の管理権の目的が社会的無能力者である妻を庇護することにあるとすると、夫が持ち続けている妻の所有物である着物、生活用具、家具は、妻を庇護するために管理すべき財産といえるか。
④ 801条が想定する管理とは何か。
離婚訴訟により一審で敗訴し、控訴中である夫は妻に対して感情的に穏やかでいられるはずはなく、妻の所有物について「理性的」で「適切な」管理を行うことは期待できない。この状況は第2項の「夫が管理することができない」に当たるといえるのではないか。
また、妻は実家におり、夫は本件物品以外の妻の財産を夫が物理的に管理できない状況にあって、本件で夫は本件物品だけを自宅に置いている。この状況は、すでに妻のすべての財産をそもそも「管理することができない」状況なのではないか。

穂高教授がいうように、正解はない。判決が出たとしても、それが正解というわけでもない。それは1つの解決の姿だということであると理解している。

ただ、当時の判例まではチェックしていません。

皆さんも、考えてみてください。
明後日の金曜日までには、判決がでるのでしょうか。「虎に翼」引き続き楽しみます。

半年間のうち、少なくともあと1回くらいは書きそうなので、表題に(その1)といれました。どうなるか・・・

(了)
弁護士 石川順子