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キング牧師と私 弁護士岡村実

キング牧師と私                      弁護士 岡村 実

1963年8月28日、ワシントンDCで、仕事と自由のための「ワシントン大行進」が行なわれ20数万人の人々が参加しました。その大行進の終点のリンカーン記念堂の前でキング牧師は有名な「私には夢がある」のスピーチを行いました。

私は今、わけあって、このスピーチの暗唱に取り組んでいます。その理由は、はるか昔、50年前、私が高校生だったころに遡ります。ある日、私は、高校の図書館で一冊の本を手にとります。その本にワシントン大行進のことが記載され、キング牧師のスピーチのことも記載されていました。ワシントン大行進の伝説的なスピーチというような書き方がされていました。スピーチの全文ではなく一部のみ抜粋されていました。

「私には夢がある。いつの日かジョージアの赤土の丘で、昔は奴隷だった人の子孫と奴隷の主人だった人の子孫が、友愛のテーブルを囲んで一緒に座ることを私は夢見る。」

多くの人の心をつかんだこの一節に私も心をつかまれました。権利に関する主張をこんなに美しく表現できることに驚かされました。

それから約20年が経過し、私がまだ新婚まもない頃、神田の三省堂でCD付きの英文のスピーチ集の本を見つけました。その中にキング牧師のスピーチも入っていました。早速購入し、自宅に帰り、妻と一緒に聞きました。多分、キング牧師の肉声を聞くのはその時が初めてだったと思います。キング牧師の力強い言葉、群衆の賛同を示す声、臨場感あふれる音声に引き込まれました。

キング牧師のスピーチは内容も感動的ですが、効果的な繰り返しと巧みな比喩が多用されリズミカルで歌うような印象を受けます。何度か聞いているうちに印象的なフレーズを口ずさむことがあります。

妻もときおり、ニコニコしながらgo back to Mississippi、go back to Alabama(帰ろうミシシッピーへ、帰ろうアラバマへ)と口づさんでいました。なにか、美しき故郷に帰ろうというような感じです。でも違うようです。その後には次のように続きます。

Go back to SouthCarolina,go back to Georgia,go back to Louisiana,go back to slams and gettos of our northerncities, knowing that somehow this situation can and will be changed(帰ろうサウスカロライナへ、帰ろうジョージアへ、帰ろうルイジアナへ、帰ろう北部の町のスラムやゲットーへ。現状は何とか変えられる。きっと変わる。そう信じて)

ここにあげてある地名はいずれも差別の激しい地域でした。ワシントン大行進に集まった黒人たちにとって故郷であったかもしれませんが安息の地ではなく、迫害や警察の暴力が横行する場所であり、現状を変えるための戦いをすべき場所でした。

数か月間、キング牧師のスピーチを繰り返し聞いたあと、その感銘を分かち合いたいと考え、私はその本を友人に貸してあげました。気にいった本を貸した場合によくあることですが、その本は、帰ってきませんでした。あらためて買うこともなくキング牧師のスピーチも聞かなくなりました。

それから8年が経過して長男が生まれました。当時48歳だった私にとって子供と孫が一緒にできたようなもので溺愛しました。少し大きくなると一緒にゲームに没頭しました。ファイナルファンタジーやモンスターハンター、ドラゴンクエストなど厚い攻略本を買い、二人で攻略法を検討しました。楽しい時はすぐに過ぎ、長男は中学生になるとゲームを卒業し、部活や学校の勉強に集中するようになりました。

子離れしない私は、長男との接点を多くしようと考え、英語の勉強をするようになりました。私は(語学は全く不得意なくせに)語学の学習をするには、その言語の精髄ともいうべき文学やスピーチを暗唱するのが最もいい方法であると主張し、キング牧師のスピーチを暗唱できるようにすることを妻と長男に約束しました。この方法は、トロイ遺跡の発見者であるシュリーマン(語学の天才で20か国語を話したと言われています)の学習法にヒントを得たものです。

私は暗唱することに自信がありました。というのも、私は観音経の偈文(韻文=詩歌、詩句)の部分と般若心経の暗唱ができるのです。妻の両親が他界した後、生前、大変お世話になったことに感謝の気持ちをこめて、毎朝、お二人のご位牌に観音経と般若心経の読経をささげていたら、割と簡単に暗唱できるようになったのです。

だから1年もあればキング牧師のスピーチも暗唱できるようになるだろうと思っていたのですが妻や長男と約束してから、5年たちましたがまだ暗唱できていません。お経と英文は違うようです。

しかし、読経やスピーチの音読は弁護士の仕事にも大変、有用であるように思います。特に証人尋問の時に有用です。活舌がよくなり、裁判官にも理解しやすくなる、重要証拠などは暗記する意欲が湧き、苦にならなくなるなどです。

先日も医療過誤事件でこのようなことがありました。被告病院側の代理人が分厚い英文の医学論文を2点だしてきました。極めてわずかな部分しか和訳していませんでした。そして被告代理人は味方の医師に対して和訳していない部分を引用して尋問をしたので、次のように異議をいいました。「和訳していない部分は証拠として認めることはできない。和訳していない部分を引用して尋問をするのは違法である。」

裁判所も私の異議を認め、被告代理人は、英文の医学論文2つを引用しての尋問ができなくなりました。アンフェアなことをしようとした被告代理人らに痛撃を与えることができました。

自慢話めいて恐縮です。キング牧師のスピーチ暗唱を通じて英語への苦手意識がなくなった成果と理解していただければ幸いです。

最後に、このブログを読んでくださっている方の中には、コロナ禍、自然災害、社会生活上のトラブルなど様々な困難に遭遇している方もおられるかと思います。そのような方々にキング牧師のスピーチを引用してエールを送ります。

With this faith we will be able to hew out of mountain of despair a stone of hope(この信念があれば、私たちは、絶望の山から希望の石を切り出すことができる)

ちなみに上記で信念とは、「私には夢がある」の中で語られている夢の内容をいいます。キング牧師にとって夢とは実現されるべき信念であり、絶望的な状況を乗り越えていく力の源泉だったのですね。                              以上