ICが使えたら原発事故はなかったかもしれない(更田豊志氏) 弁護士白井劍
〈2026年1月刊行の書籍での注目すべき発言〉
ことし2026年1月岩波書店から、御厨貴(みくりやたかし)氏監修の書籍「証言 原子力規制委員会は何を目指したか」が刊行された。原子力規制委員会発足当初の幹部8名に対する詳細なインタビューにもとづいて編集された大部の書籍である。本の「帯」には、「『原子力安全の番人』はいかにして誕生したのか―――未曾有の原発事故の教訓を受け止め、どのように新組織を立ち上げたのか。関係者が今こそ語る、貴重な証言記録」と書かれている。
インタビューに応じた8名のひとり更田豊志(ふけたとよし)氏が、福島第一原発事故を招いた原因について注目すべき「証言」をしているので紹介したい。更田氏は委員会発足当初の委員のひとりであり、第2代委員長である。発足時メンバーのなかでは唯一、事故前から原子力規制に関わっていたひとである。
〈原子力規制委員会とは〉
証言の紹介の前に「原子力規制委員会」についてごく簡単に説明したい。2012年9月19日に発足した「原子力利用における安全の確保を図る」ための規制機関である(原子力規制委員会設置法第3条)。2011年3月の福島第一原発事故の反省をふまえて、環境省の外局として設置された。
原子力発電は、万が一にも原子炉を冷却することができなくなれば、福島原発事故のような「過酷事故」をひき起こす宿命を負う、そういう発電である。通常の産業や他の発電事業より各段に厳格に安全確保が求められる。ところが、福島原発事故以前の原子力規制は、「過酷事故は日本では起きない」という根拠のない楽観論に支配され、冷却機能を失ったときに過酷事故を回避する準備がなかった。原子力規制委員会設置法第1条(目的)は、その反省をふまえ、「原子力利用における事故の発生を常に想定し、その防止に最善かつ最大の努力をしなければならないという認識に立つ」と宣明している。
〈1号機のICがちゃんと使えていたら1F事故はなかったかもしれない〉
前記「証言」のなかで更田氏はつぎのように述べている。
「2号機、3号機は電気がないなりに冷やせていたんですよ。タービン動のRCIC(原子炉隔離時冷却系)が動いていたから、制御できないと言いながらも2号機、3号機は冷えていたわけです。ところが1号機は、ICがうまく使えなくて、真っ先に1号機の炉心が溶けて水素爆発を起こした。水素爆発を起こしたがために近寄れなくなったから、2号機、3号機もお手上げになって、結局3基溶かしたわけですよね。言い換えれば、1号機が溶けていなかったら2号機、3号機は救えたかもしれない。じゃあ、詰まるところどこが問題だったのかというと、国際的にはよく言われていることですが、1号機のICが使えなかった。ちゃんと使えていたら3基全部救えて、1F事故はなかったかもしれない」(註:1Fは福島第一原発)。
〈ICとは〉
ICは「アイソレーションコンデンサー」のアルファベット頭文字をとった略語である。日本語では「非常用復水器」という。アイソレーションコンデンサーを略して「イソコン」とも呼ばれる。電源が失われたときでも原子炉を冷やしつづける仕組みである。福島第一原発の1号炉にはこのICが備わっていた。
原子炉の冷却機能が働かなくなると原子炉は緊急停止される。運転を停止しても原子炉は、放射性物質が崩壊するときに放出する崩壊熱により自らを破壊させてしまう。ICは原子炉よりも高い場所に配置され、配管により原子炉圧力容器と接続されている。原子炉の蒸気は配管を通してICのプールに導かれ、冷却されて凝縮して水になり、重力で原子炉に戻る。その水が原子炉を冷やす。それとともに水は再び原子炉で加熱され高温高圧の蒸気に変わる。こうして、「蒸気」⇒「水」⇒「蒸気」⇒「水」という循環によって原子炉を冷温停止状態に導く仕組みがICである。特徴的なのは、この循環がポンプなど電源を要する特別な動力をつかうのでなく「自然循環」でおこなわれることである。正常に起動すれば8時間から10時間は作動し続けるとされている。
〈ICは40年間いちども使われたことがなかった〉
1号機のICは、営業運転前に試運転があったものの、1971年の営業運転開始後は40年にわたって1度も動かされたことがなかった。福島第一原発の所員のなかで、1号炉のICが実際に動いているのを見た者はだれもいなかった。
津波により全電源が失われた際、1号機のICは正常に自動起動した。しかし、自動起動から11分後に手動で停止され、その後長時間にわたって停止した。福島第一原発の吉田所長らは、停止していることを知らされなかった。正常に作動しているものと思っていた。ICが作動していないという情報が所長らに届かなかったという、このチグハグさこそが致命的であった。吉田所長は、「イソコンは大丈夫なのかと何回も自分が確認すべきだった」と悔やんだという。
〈悔やんでも悔やみ切れない〉
更田氏は「本当に悔やんでも悔やみ切れないですよ」と言う。悔やまれるのは「ICがうまく使えなくて炉心が溶けて水素爆発を起こした」ことである。そして、「なんでICが使えなかったか」について「ざっくり言ったら、あまりに古い装置で使ったこともなかったからもあるんですよ」と述べている。40年にわたって一度も使われなかった、だからいざというときに使いこなせなかったのである。
それでは、なぜ一度も使われなかったのか。国も東京電力も、ICが必要になる事故をいっさい想定しなかったからである。原発推進のために、「原発は安全。過酷事故は日本では起きない」となんの根拠もなく喧伝し、国会でもそのように答弁した。そうして作り上げた「安全神話」に自ら呪縛されてしまった。
〈津波の規模等が想定外だったからなどという最高裁判決は詭弁〉
2022年最高裁判決は福島原発事故の国の責任を否定した。津波の規模や津波が来る方角が想定外だったから事故は防げなかったとした。でも、津波が原子炉を破壊したわけではない。そうではなく、配電盤も非常用電源も水没して使えなくなってすべての電源を失い、原子炉を冷却できない状況がつづき、「熱的制御不能」に陥って事故にいたったのである。そういう状況に備えて冷却機能を維持する対策がなかったことが事故の真の原因である。津波の規模や方角を理由に責任を否定するのは詭弁というほかない。
〈国がにぎり潰したB.5.b~福島原発事故は回避できた〉
「そういう状況に備えて冷却機能を維持する対策」とは「B.5.b」である。わが事務所の2025年9月24日付弁護士ブログ「国がにぎり潰したB.5.b~福島原発事故は回避できた」で詳述した。原発施設が破壊され原子炉の通常の冷却機能が失われた危機的状況に備えた対策である。米国原子力規制委員会NRCが2002年に全米104基の原発に義務づけた。このB.5.bがもっとも重視することのひとつは、「可搬式電源設備などによる原子炉冷却が始まるまで、ICなどを手動操作で起動、運転する、そのための事前の準備と日頃の訓練」である。わが国の規制行政庁であった保安院は、B.5.bを2度も渡米して調査したが、その調査結果を関係機関にさえも共有せず握りつぶしてしまった。その情報が共有されて、ICを使いこなせるようにする事前の準備と日頃の訓練がおこなわれていれば原発事故はまったく異なった経過をたどったはずである。
津島訴訟の仙台高裁で、2025年9月に実施された長谷川公一先生の証人尋問は、B.5.b情報を握りつぶした国の責任を明らかにした。地区まるごとが帰還困難区域となった津島地区は、住民の半数が国と東電を被告にたたかってきた。ことし3月9日に結審した。判決は10月16日と指定された。仙台高裁が、国の責任を断罪し、国と東京電力に原状回復を命ずる判決をだすことを確信している。(以上)

