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女川原発差し止め訴訟の判決に想う 弁護士白井劍

女川原発差し止め訴訟の判決に想う 弁護士白井劍                                  

〈原田甲斐邸跡に建つ裁判所〉

 仙台は城下街である。仙台市内の片平地区には藩の重役たちの邸があった。有名な原田甲斐も片平に邸を構えた。伊達騒動の責を負わされ、酒井大老邸で斬殺された人物である。歌舞伎では極悪人である。志賀直哉の「赤西蠣太」でも悪漢である。この悪漢論を山本周五郎の「樅の木は残った」が覆した。幕閣の卑劣な陰謀と対峙したヒーローとして描かれる。いま、その邸跡は仙台高等・地方裁判所の敷地になっている。裁判所の裏門にまわると構内に「原田甲斐邸跡」の立て札が見える。                                                                               

〈裁判所の前の人だかり〉

 その裁判所の表門の前にわたしはいた。判決の旗出しを待っていた。2023年5月24日のことである。女川(おながわ)原発差し止め訴訟の判決が仙台地裁で言い渡されようとしていた。多数のテレビカメラが裁判所に向けられた。記者や支援の人だかりができていた。わたしは女川訴訟弁護団の一員ではない。福島原発事故に関する津島訴訟の弁護団事務局長である。津島訴訟の原告団・弁護団と女川訴訟の原告団・弁護団とは協力関係にある。お互いの訴訟を「我がこと」として協力しあってきた。旗出しを待っていたのはこの協力関係が理由だった。

〈女川原発〉

 女川原発を設置したのは東北電力である。三陸リアス式海岸を見下ろす高台に建設された。敷地は宮城県牡鹿郡女川町と石巻市にまたがる。1号機はすでに廃炉の方針が決まっており、2号機の再稼動が焦点となっている。宮城県知事は2号機の再稼動に同意する姿勢を2020年から示している。

〈万が一の事故に備えた避難対策の不備〉

稼働させた原子炉は冷却しつづけねばならない。そうしないと核燃料の崩壊熱が原子炉を破壊し、大量の放射性物質が放出される。冷却には電源が必要である。だから電源が失われれば事故にいたる。電源を喪失する原因は津波に限られない。稼働させる以上は、事故にそなえて、住民を安全に避難させる対策が不可欠である。避難対策に不備があるとして、石巻市の市民たち17名が女川原発再稼動の差し止めを求める訴訟を2021年に提起した。

〈避難対策の不備を理由に原発を差し止めた裁判例〉

避難対策の不備を理由に原発の差し止めを認めた裁判例がある。2021年3月18日の水戸地裁判決である。茨城県東海村にある、日本原子力発電(原電)の東海第二原発の運転差し止めを認めた。判決は避難計画の実効性を否定した。万が一の事故のときに地域住民が安全に避難できないのであれば、その原発は安全に運用されているとはいいがたいという、この水戸地裁判決の論理は、一般市民の感覚にあう。各紙の社説もこれを支持した。

〈避難対策の実効性について審理がすすんだ〉

水戸地裁の画期的な判断をうけ、避難計画の実効性に争点を絞って女川原発差し止め訴訟の審理は進んだ。昨年2022年2月、裁判所は原告らの申し立てをうけ避難計画の実効性に立ち入って行政に対する調査嘱託をおこなった。審理においては、現在の避難計画が住民をすみやかに避難させることができず、住民は30キロ圏内に長時間閉じ込められることも明らかにされてきた。避難計画に実効性がないことがはっきりした。勝訴判決を期待できる流れだった。

〈不当判決〉

 仙台地方裁判所の正面玄関から人が出てきた。ゆっくりと歩いてくる。裁判所敷地の外に出たところで、旗が出された。「不当判決」だった。集まっていた大勢の人びとから悲鳴に似た溜息が漏れた。近くの法律事務所の会議室で判決のコピーをもらって読んだ。判決は避難計画の実効性にいっさい言及しなかった。その前段で切り捨てた。「人体に有害な放射性物質が異常に放出される事故が発生する危険についての具体的な主張立証がされていない以上、本件避難計画の実効性の有無にかかわらず、運転の差し止めを認めることはできない」と述べた。

〈原発事故は起こりうる〉

 原子力安全神話がふりまかれ、原発事故は起こらないとされてきた。だから真剣に対策がとられることなく、東京電力福島第1原発事故が起きた。「原発事故は起こりうる」を教訓にしなければならない。ところが仙台地裁は、事故が発生する危険を原告らが具体的に立証しないからという理由で、避難計画の実効性の判断に踏み込まなかった。おかしな理屈である。原発事故が起こる具体的な危険を立証しうるデータはすべて電力会社の掌中にある。電力会社以外の者にとっては無理な話である。そんな無理な話をするのではなく、「原発事故は起こりうる」という前提に立って避難計画の実効性を裁判所は判断しなければならなかった。

〈2022年6月17日最高裁判決の悪影響〉

調査嘱託を採用したとき仙台地裁は避難計画の実効性を判断するつもりだった。ところが、4か月後6月17日に最高裁判決がでた。6・17最高裁判決は原発推進を妨げる様々な動きを封じ込めた。岸田政権は安心して原発回帰に政策を転換した。これが仙台地裁に悪影響をおよぼした。避難計画の実態に踏み込めば安全性に問題ありといわざるをえない。だから、その前段で切り捨てたのだ。

住民を確実に保護する避難計画を策定することは容易なことではない。だからこそ、その実効性について不断の検証が欠かせないのだ。その不断の検証をしなくてもよいと裁判所が宣明したに等しい。原告団と弁護団はただちに控訴した。仙台地裁の判断が控訴審で覆されることを期待する。わが国民の良識に信頼して6・17最高裁判決を克服するたたかいと連動すれば展望はあるはずである。(以上)