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土井敏邦監督のドキュメンタリー映画「津島」 弁護士白井劍

土井敏邦監督のドキュメンタリー映画「津島」 

〈生きざまが顔にあらわれる〉

「まっとうに懸命に生きてきた人の顔は美しい」。土井監督の映画「津島」を観て、そういう思いにとらわれた。映画は19名の男女のインタビューと津島の豊かな自然で構成される。語るひとはみな津島の住民であり、福島第一原発事故の被害者として裁判をたたかう原告たちである。インタビューで顔が大写しになる。シワの一本一本までよく見える。でも美しい。「ひとは40歳を過ぎたら自分の顔に責任をもたねばならない」とエイブラハム・リンカーンが言ったそうだ。「40歳」というメルクマールが正しいのかどうかはわからない。でも、生まれながらの造形の美しさとは異なる、それとは別物の美しさが人の顔にはある。年齢の積み重ねが美醜を分けていく。内面からにじみ出てくるその人の魅力が美しく見えるのである。生きざまが顔にあらわれるといってもよい。

〈ふるさとの原状回復を求める津島訴訟〉

 「津島」は福島県浪江町の西半分の山間部地域である。2011年3月の福島第一原発事故で高濃度放射能汚染をうけ、地域がすべて帰還困難区域となった。住民たちは福島県内外に散り散りに避難している。住民の半数が訴訟をたたかう。地域の原状回復と被害賠償を求める訴訟である。3年前の7月、福島地裁郡山支部は国と東電の責任を認めて賠償を命じた。しかし、原状回復請求は認めなかった。仙台高裁に係属中である。

〈土井敏邦監督〉

土井敏邦氏は高名な映画監督である。パレスチナ問題の第一人者でもある。昨年らいのガザ地区での大量虐殺をめぐる報道番組に頻繁に登場する。ドキュメンタリー「届かぬ声‐パレスチナ・占領と生きる人びと」で2009年に第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞を、映画「福島は語る」で2019年文化庁映画賞文化記録映画優秀賞を、その他かずかずの映画賞を受賞している。その土井監督は津島訴訟の原告たちが法廷で語った陳述をまとめた冊子に心を動かされた。全国各地に避難している32名の原告たちを訪ね歩き、インタビューを重ね、5年の歳月をかけて、2023年8月に映画「津島」を完成させた。その後、試写会がなんどかもたれた。わたしが見た試写会はこのあいだの日曜(2024年1月22日)東京神田神保町で開催された。

〈原発事故による被害の実相〉

事故前に住民が享受していた、豊かな自然を満喫する、お金には代えられない贅沢な生活と、原発事故による凄惨な被害を、映画はさまざまな角度から明らかにしていく。「津島に行きたい」と言っていた、死期の近い息子に、線量が高いからと行かせなかったことを今も後悔する母親。津島を離れたくないと抵抗する父親に「かならず連れ戻す」と約束して避難させたことを嘘だったと後悔しつづける息子。津島出身の友人が転校先の中学で「放射能がうつる」といじめられているのを見て不登校になった娘に悩みつづけた夫婦。「菌」呼ばわりされていじめられ「死にたい」といいつづけた孫に悩んだ祖母。もうひとりの孫は担任教師からも汚いものと扱われ、その体操着は生徒たちによって雑巾がわりにつかわれた。さまざまな被害をうけ、「津島」が消されようとすることに抗う人びとの姿がインタビューを通じて描き出される。その被害と対比して、いまも美しい津島の自然の映像が錯綜する。春には美しく咲く桜、夏にはきれいな川のせせらぎ、秋は山の鮮やかな紅葉、そして冬の澄んだ雪景色。そのひとつひとつの映像に胸を突かれる思いがした。この美しい自然が放射能に汚染されている。その重い事実が胸をうつ。

〈人間を切り捨てる思想に抗う〉

映画のなかで今野秀則原告団長がこう語っている。「経済功利性の観点から、『津島という小さな地域を切り捨ててもよい。補償をすればそれでよい』という人もいるでしょう。しかし、その考えは、『人間を切り捨てる』思想につながっていくし、現に切り捨てている。それは、けっしてあってはならないことです。納得することはできません」。期せずして今野団長の口から聞かされたこのことばが、この映画を貫く普遍的なテーマですと、試写会のあとの挨拶で土井監督が語った。多数の幸福のために少数者が犠牲にされ踏み台にされることに異議申し立てをする、少数者の心の叫びであると監督は言う。「日本の高度成長のために『水俣』が犠牲になった。日本本土の安全保障のために『沖縄』に犠牲が押し付けられている。そして、福島は犠牲を押し付けられたまま、なかったことにされようとしている。津島の存在とたたかいは、小さな地域の問題にとどまらず、日本と世界に通底する普遍的なテーマをわたしたちに問いかけているのです」。

ドキュメンタリー映画「津島」は、2024年3月2日(土曜)から22日(金曜)まで、東京新宿のK´s cinema(ケイズシネマ)で公開される(当日一般2,200円、学生1,800円、シニア2,000円)。ひとりでも多くのかたにご覧いただきたい。(以上)